ダブル・ジョパディー

1999/12/13 UIP試写室
夫殺しの濡れ衣で刑務所に入れられたヒロインが復讐する物語。
アイデアはすごく面白いのに……。残念。by K. Hattori


 身に覚えのない夫殺しの犯人として刑務所に入れられたリビー・パーソンズは、殺されたはずの夫がじつは生きていることを知る。会社の金を横領していた夫は、嫌疑を不問にし、高額の保険金を手に入れるために、殺人事件をでっち上げて罪をリビーに押しつけたのだ。刑務所の中で無実を叫ぶリビーの言い分に、耳を傾ける者などいない。やがて元弁護士だったという刑務所仲間のひとりから、リビーはある情報を耳打ちされる。それは「誰もが同じ罪で二度有罪になることはない」という憲法の規定(ダブル・ジョパディー)。リビーは夫殺しの刑期を務めた後、改めて夫を捜して殺せばいい。その殺人はダブル・ジョパディーの規定によって、誰も罪に問うことができないのだ。そして6年後、仮釈放されたリビーは保護観察官のもとを逃げだし、子供を奪って姿を消した夫を追跡し始める。だが事情を知らない保護観察官のトラヴィスは、仮釈放中に逃亡したリビーを執拗に追いかける。トラヴィスがリビーを捕らえれば、彼女は再び刑務所に逆戻り。はたしてそれまでに、リビーは夫に復讐することができるのか……?

 面白いアイデアの映画だと思うが、映画の焦点が「濡れ衣を着せられたヒロインの夫に対する復讐」なのか「不当に奪われた息子を捜す母の愛情」なのか不明快で、やや中途半端なものになってしまったような気がする。ヒロインが罠にかけられる前半も、話はなるほど良くできているが、演出に切れがないためか、主人公を刑務所に入れるための段取り芝居にしか見えない。全体にひどく歯切れが悪いのだ。観ていて「おいおい、それはないだろう!」と思うような場面も多い。例えばヨットの中でリビーが夫とセックスする場面なんて、直接描く必要はないのです。これは「セックスした後で(社会的に)殺す」という夫の冷酷さを際立たせるために必要だと考えたのかもしれないけれど、逆にリビーが間抜けに見えてしまうではないか。それとも単にアシュレイ・ジャッドのヌードを見せるサービスカットだったのか?

 アシュレイ・ジャッドの役の解釈の問題か、それともブルース・ベレスフォード監督の演出の問題か、リビーが刑務所にはいる前と後とで、キャラクターに変化を付けなかったのが失敗だと思う。刑務所に入る前のリビーは、天真爛漫で人もうらやむ良妻賢母。夫に対する不満もほとんどないし、彼を心から信頼し、愛している。だからこそ、やすやすと罠にはまるのだ。だが彼女の性格は、刑務所の中で知った真実によって一変する。彼女は復讐という暗い情熱に取り憑かれ、出所後の戦いのために体を鍛え抜く。お嬢様は女戦士に生まれ変わるのだ。彼女が息子に会うのを恐がるのは、6年という歳月の問題だけではなく、自分がかつての自分ではなくなっている自覚に基づくものだろう。こうした点が、この映画ではあまりうまく表現できていなかったような気がする。

 トミー・リー・ジョーンズは役柄が『逃亡者』や『追跡者』とまるで同じで、ちょっと損をしている。

(原題:DOUBLE JEOPARDY)


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