歯科医

1999/12/09 GAGA試写室
愛情表現としてのSM行為にのめり込んでいく歯科医夫婦。
愛と死の危うい境界線を描く中原俊監督作品。by K. Hattori


 「エロス」をテーマとしたビデオ撮影の低予算映画を、5人の監督が連作する《MOVIE STORM》。第1弾は望月六郎監督の『通貨と金髪』だったが、今回は『12人の優しい日本人』『桜の園』『コキーユ/貝殻』の中原俊監督の登場。このシリーズは今後、伊藤秀裕、林海象などの作品が続く予定。一般映画と成人映画の中間のような映画をあえてビデオで撮るというのは、当然ビデオ市場での流通を考えてのことでしょう。上映時間1時間強というのが適当か否かはさておき、企画としては面白いと思う。GAGAの試写室はビデオプロジェクターがあまりよくなくて画面に細かな黒縞が出てしまうのですが、上映館のBOX東中野や家庭のテレビでなら、こうした欠点は目立たなくなると思います。(今回の試写では、音声のボリュームもやたら大きかった……。)

 勝目梓の同名小説を及川章太郎が脚色し、遠藤憲一と金谷亜未子主演で映画化した愛欲のドラマ。郊外の小さな町で歯科医をしている男が、ふとしたことでサディズムの快楽に目覚め、妻への虐待が少しずつエスカレートして行く。主人公にとってサディズムは単なる暴力衝動のはけ口ではなく、愛情表現の一種なのです。冷えかけていた夫婦の愛情関係は、嗜虐の快楽に目覚めた夫と、被虐の快感に酔いしれる妻との間で、新たな高まりを見せ始める。妻をなぶることで愛情を伝えようとする夫と、その愛情を全身で受け止め喜びに浸る妻。より大きな苦痛を与えることが愛情表現であり、より大きな苦痛に耐えることが愛情表現であるという倒錯した関係の中で、ふたりの行為はより大きな危険を求めはじめる。行き着く先にある「死」を意識しながら、ふたりは「死」以上に残虐な何かを探し求めていく。

 主人公の歯科医が、事件の一部始終を検事に供述するのに合わせ、過去の出来事が回想されていくという構成。映画の冒頭から、観客は主人公が犯罪を犯したことを知っており、やがてそれが殺人事件であることを知らされる。きっと彼がは、SMセックスのはてに妻を殺してしまったのだろう。誰だってそう予想し、この予想は当然のように的中する。だが話はそれだけではない……。

 物語は面白いし、脚本もよく考えられていると思う。愛欲の果てに夫が妻を殺してしまうという展開には必然性があるように感じられるし、エピソード同士のつながりも自然でぎこちないところはない。でも僕はこの映画の「自然さ」「ぎこちなさの欠如」こそ、欠点だと感じてしまうのです。話の流れがスムーズすぎて、感情の大きな起伏が伝わってきません。『コキーユ/貝殻』でもそうだったけど、中原俊という監督は、感情の高まりをあまり強く打ち出せない人なのかもしれない。最後に妻を殺す場面など、主人公の内面にある感情の高まりと葛藤がもっと強く出てくればよかったのに。ここは「愛を証明するために殺さなければならない」という気持ちと、「妻を失う恐怖」が猛然とせめぎ合っているはずなんだけど……。ちょっと物足りない映画でした。残念。


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