ルナ・パパ

1999/11/04 ル・シネマ2
(第12回東京国際映画祭)
タジキスタンの小さな村を舞台にしたドタバタ・コメディ。
面白い映画だけれど新鮮味はない。by K. Hattori


 今までに『少年、機関車に乗る』『コシュ・バ・コシュ/恋はロープウェイに乗って』という2本の長編映画を撮っている、タジキスタンの映画監督バフティヤル・フドイナザーロフの新作。主人公の少女マムラカットは、田舎の小さな町で父親と兄の3人で暮らしている。村を訪れた芝居の一座の公演を見そびれた夜、マムラカットは真っ暗な林の中で旅役者の一員だと名乗る男と時を過ごして妊娠する。気づいたときにはもはや手遅れ。相手の男の名前さえわからない。娘の不始末に父親は激怒するが、騒いだだけでは何も解決しない。「相手の男に責任をとらせるのだ!」。一家3人はお腹の赤ん坊の父親を捜して、国中をかけずり回ることになる……。

 一言でいえば「楽しい映画」ということになる。厳格な父子家庭、戦争で頭のおかしくなった兄。未婚のままの妊娠と、人々からの非難など、物語そのものはかなり悲惨。同じ話を、陰惨なメロドラマにしてしまうことだって可能でしょう。しかしこの映画は人物を猛スピードで動かすことで、それをドタバタ・コメディにしてしまう。雰囲気は徹底して明るくにぎやかで、少しも休まる暇がない。小さな村の上空を飛行機が超低空飛行ですり抜けて行くオープニングから、この映画の雰囲気は常に「危険と隣り合わせのスリル」に満ちあふれている。移動撮影もダイナミック。冒頭の飛行機も迫力があるし、主人公のマムラカットが兄を追いかけて村の中を走って行く場面や、主人公一家がウサギを売るために車を走らせていると、いきなり目の前に軍の装甲車が現れる場面もアクション映画ばりのダイナミックさだった。現実にべったりと足を着けていたドラマが、虚実ない交ぜの展開を経てファンタジーへと昇華して行く展開も面白い。

 ただ、こういう楽しさはエミール・クストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』や『黒猫・白猫』などで体験済みだし、クストリッツァの方がドタバタもファンタジーも徹底していたと思う。『ルナ・パパ』は楽しい映画だけど、その楽しさには新鮮味がないのです。僕はすべての映画に「新鮮さ」など求めはしないし、そこそこ楽しければ「これでOK!」とも思うタチですけど、映画祭の、しかもコンペ部門に出品されている映画に新鮮味がないのは少し困ったものだと思う。この映画には「なんじゃそりゃ!」というとんでもない場面が何ヶ所かありますが、それは『黒猫・白猫』の「歩く切り株」に比べてどれだけ面白いだろうか?

 主人公マムラカットを演じたチュルパン・カマトヴァという女優が可愛いのが、この映画の一番の見どころでしょう。彼女が見せる喜怒哀楽の表情を見ているだけでも、この映画を観る価値はあるかもしれない。表情が豊かな女優というのは、それだけで華があります。ところで、感電した男を土に埋めて電気を抜くというエピソードも、なんだか奇妙な面白さがありました。日本ではフグ毒にあたった人を土に埋めて毒を抜く習慣(?)がありますが、それと似たようなものでしょうか。

(原題:Luna Papa)


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