聖なる嘘つき
その名はジェイコブ

1999/10/28 SPE試写室
絶望的なゲットー生活に架空のラジオニュースが希望を与える。
ロビン・ウィリアムズが主人公を熱演。by K. Hattori


 第二次大戦下1944年のポーランド。ゲットー(周囲と隔離されたユダヤ人居住区)暮らしのユダヤ人ジェイコブは、無理矢理出頭させられたナチスの司令部で、偶然ラジオのニュースを聞きつける。あらゆる情報を遮断されているゲットーでは、絶対に聞くことのできない大ニュース。なんとゲットーから400キロしか離れていないポーランド国内の町で、ドイツとソ連が戦闘をしているというのだ。かつて無敵を誇ったドイツ軍が、ソ連軍に押し戻されている。それもすぐ近くで。まもなくゲットーもソ連軍に解放されるに違いない!

 ゲットーの中を支配しているのは、未来に絶望し、生きる意欲を失ってしまった人たちだ。毎晩何人もの住人が自ら命を絶っている。強制収容所行きの列車に乗るのが先か、ゲットーの中でむざむざと飼い殺しにされてしまうのが先なのか。そんな中に、ジェイコブの聞きかじったニュースが届く。「解放が近い!」という明るいニュースが、一夜にしてゲットーを駆け抜ける。人々は死と隣り合わせの生活の中で、久しぶりに未来へと目を向け始める。人々はジェイコブがラジオを隠し持っていると思い込み、次なる吉報がジェイコブの口から語られるのを待ち望むのだ。真実を語れば、人々はまた元の絶望に逆戻りしてしまうだろう。ジェイコブは人々に生きる勇気を与えるため、あえてラジオから流れてきた偽のニュースを語り始めるのだった……。

 ポーランド出身で、自らもゲットーや強制収容所を体験した作家ユーレク・ベッカーの小説「ほらふきヤーコプ」を、ロビン・ウィリアムズ主演で映画化したヒューマン・ドラマ。もともとは東ドイツでTVドラマの脚本として書かれたものの、テレビ化の企画が通らず小説化されたものだという。ところが皮肉なことに、この小説版が大好評。1974年には東ドイツで、フランク・バイヤー監督が映画化している。(邦題は『嘘つきヤコブ』。)今回の映画は、そのリメイクというわけだ。『ライフ・イズ・ビューティフル』を多少は意識しているのかもしれないが、マネをしたわけではない。

 監督・脚色のピーター・カソヴィッツは、ハンガリー出身のユダヤ人でホロコーストの生き残り。後にパリに移住して映画やテレビの世界でキャリアを重ねてきた人だが、日本の映画ファンには『憎しみ』『アサシンズ』の監督マチュー・カソヴィッツの父親と説明した方が通りがいいかもしれない。(この映画にはマチューも脇役で出演している。)演出はオーソドックスで緻密。映像には品があるし、全体に格調高く作られている。でも、格調高すぎるんだよね。この話は善良なひとりの男が苦し紛れに吐いた嘘が、思いがけず大受けして社会的な波紋を呼ぶというコミカルな筋立てなのですが、これはクスリとも笑えない。ジェイコブのついた嘘をいちいち劇中劇風に描いてくれれば、『虹を掴む男』みたいな映画になると思うんですが……。ラストシーンは十分に力強いんだから、劇中劇はあった方がいいと思うけどなぁ。

(原題:Jakob the Liar)


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