海の上のピアニスト

1999/10/14 丸の内ピカデリー1
船の上で一生を過ごした天才ピアニストの生涯。
ジュゼッペ・トルナトーレ監督作。by K. Hattori


 『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレ監督最新作は、豪華客船を舞台にしたファンタジー。世紀の変わり目の年にあたる1900年。ヨーロッパとアメリカを結ぶ客船ヴァージニアン号のラウンジにあるピアノの上で、黒人機関士が生まれたばかりの赤ん坊を見つける。おそらく三等船室の女性客が船内で産み落とし、一等船室の金持ち客に拾われることを望んで置き去りにしたのだろう。機関士は赤ん坊にナインティーンハンドレットという名前を付け、我が子同然にかわいがる。船の中だけで成長した彼は、やがてピアノ演奏に並ならぬ天才的ひらめきを見せ始める……。

 主人公ナインティーンハンドレットを演じているのはティム・ロス。物語は楽器屋で見つかった古い1枚のレコードから始まる。そこに録音されていた甘美なピアノ曲。店に来ていた食い詰めトランペッターが、その曲を演奏した「この世には存在しないピアニスト」について語るという構成です。19世紀最後の年である1900年から、第二次大戦が終わった1946年までを、数々のエピソードで描いて行く。今世紀初頭の移民の時代、やがて狂乱の20年代、ジャズ・エイジ……。船から降りない天才ピアニストの噂を聞きつけて、ジャズの創始者ジェリー・ロール・モートンが決闘を挑んできたりする。船の上の世界と陸の世界は一瞬だけ交錯し、その後は二度と再び出会うことがない。

 トランペッターのマックスが、移民船で最初にアメリカを発見する男について語り始めるオープニングから、この映画はファンタジーの色が濃厚。マックスが語る船から降りないピアニストの物語も、本当に存在した話なのか、作り話なのかわからない。ナインティーンハンドレットの演奏は現実離れしているし、エピソードの中には絶対にあり得ないものもある。マックスの話を聞いた作業員たちが、「あんたは話がうまいな!」と驚くのも当然なのだ。この映画は「本当にあった話」と「作り話」の間にあるごく細い線の上を、優雅に綱渡りしている。しかしマックスの話を聞く人たちは、それがたとえ作り話めいていても、その物語によって幸福になり、癒されるのだ。豪華客船が舞台だからといって、この映画を『タイタニック』と一緒にしてはならない。ピアニストが主人公だからといって『シャイン』を連想する必要もない。これはジョニー・デップ主演の『ドンファン』やテリー・ギリアム監督の『バロン』、あるいは『フライド・グリーン・トマト』の系列にある物語だ。自由の女神や摩天楼がいかにも書き割りめいているのは、ファンタジー色を強調するための演出なのだ。

 大好きな場面はいくつもあるが、観ていて一番ドキドキしたのは、嵐の海でピアノが床を滑りながら音楽を奏でる場面と、ナインティーンハンドレットとジェリー・ロール・モートンのピアノ合戦、それに主人公が窓の外の少女を眺めながら最初で最後の演奏録音をする場面だろう。音楽はエンリオ・モリコーネ。泣かせます。

(原題:THE LEGEND OF 1900)


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