嘘の心

1999/10/12 東宝東和一番町試写室
小さな村で起きた少女のレイプ殺人を巡る心理ミステリー。
謎解きが目当ての映画ではないらしい。by K. Hattori


 『ペダルドゥース』『カンゾー先生』のジャック・ガンブランと、『仕立屋の恋』『ジャンヌ(二部作)』のサンドリーヌ・ボネール主演のミステリー映画。共演は『ネネットとボニ』『愛する者よ、列車に乗れ』のヴァレリア・ブルーニ=テデスキと、『原色パリ図鑑』『ねじれた愛』のアントワーヌ・ドゥ・コーヌ。監督はこの手のジャンルには定評のあるクロード・シャブロルだ。

 物語の舞台はブルターニュの小さな村。主人公ルネは足の悪い画家で、自宅で子供のための絵画教室を開いている。妻のヴィヴィアンヌは医者だ。ある日ルネの自宅に近い森の中で、少女の絞殺死体が発見される。被害者はルネの教え子で、絵画教室から帰宅する途中に何者かに襲われたらしい。新任の女性警部フレデリック・ルサージュは、被害者を最後に目撃したルネを捜査対象にする。村の人々の嫌疑の目はルネに集中する。

 主人公のルネはきわめて繊細な心の持ち主で、被害妄想的な部分もある。いつも憂鬱そうな顔をして、笑顔を見せるのは妻の前だけ。なぜ彼がこうした性格になってしまったのかは、映画の中盤以降に描かれている。彼を襲ったある事件が、彼のパーソナリティに暗い影を投げかけ、彼の精神を不安定にしている。主人公がこんな調子だから、この映画を観る側は常に「ひょっとしたら彼が犯人なのかもしれない」という予感を持ち続ける。殺された少女はレイプされていたが、遺体から犯人の体液は採取できなかった。精神分析的な解釈では、足の悪さは性的不能の象徴でもある。観客はますます主人公の素行を疑い、「本当はどうなのだ?」という疑惑が最後の最後まで映画に付いて離れない。

 ルネの心の支えになっているのが、妻のヴィヴィアンヌだ。周囲に対して心を閉ざしがちなルネにとって、ヴィヴィアンヌの存在が社会との接点になっている面がある。いつも暗い顔をしているルネが変人扱いされないのも、明るい妻がいてこそだろう。だがヴィヴィアンヌは、村を訪れている女たらしのジャーナリストに心惹かれて行く。ルネはそんな妻の心を敏感に察知しながら、彼女を愛すること以外、何もすることができないでいる。主人公は逮捕されたわけでも、任意で取り調べを受けたわけでもないのに、小さな村の中に噂話がパッと広がって、それが大雨の後のぬかるみのように主人公の足をからめ取って放さない。この映画は紛れもないミステリーだが、「誰が少女を殺したか?」という犯人探しは二の次。1件の殺人事件が人間関係の中に波紋を広げていく様子を、丁寧な筆致で描いているのだ。

 ルサージュ警部を演じたブルーニ=テデスキの少しかすれた声が、観客の神経を逆なでして不安感をあおる。彼女の顔にはほとんど明確な表情がない。その無表情な顔の下から何らかの情報を引き出そうとして、少しずつ消耗して行く主人公。殺人事件に関するどんな謎より、人間の心の中が謎めいているということが、ルネやルサージュ警部の表情から見て取れるのだ。

(原題:au coeur du mensonge)


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