サイコ

1999/08/31 UIP試写室
ヒッチコックの代表作をガス・ヴァン・サント監督が忠実にリメイク。
徹底した模倣ぶりには病的なものすら感じる。by K. Hattori


 ヒッチコックが1960年に製作した『サイコ』は、現在世界の映画市場でひとつの巨大ジャンルを形成している「サイコ・サスペンス」の原点。シャワー室での殺人シーンと、鳴り響く弦楽器の不協和音などは、その後の映画に多大な影響を与えている。この映画がなければ、スプラッタ・ムービーというジャンルも存在しなかったかもしれない。まさに映画史に残る作品だ。(サイコ殺人鬼ノーマン・ベイツを演じたアンソニー・パーキンスはこの役が当たり役となり、'80年代に入ってから彼の主演で『サイコ』の続編が2本作られている。)

 その不朽の名作を、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』のガス・ヴァン・サント監督がリメイクした。ヒッチコックの作品はしばしばリメイクされており、つい最近も『ダイアルMを廻せ』が『ダイアルM』としてリメイクされたばかり。しかし今回の『サイコ』は、それとはひと味もふた味も違う。今回の映画のコンセプトは、オリジナル版『サイコ』を現代の技術と俳優を使って忠実になぞること。ヒッチコックが使ったのと同じ脚本を使い、当時の図面や資料を元にして同じようなセットを作り、カメラアングルやカット割りも忠実にオリジナル版を踏襲し、当時の撮影スケジュール表に従って同じペースで撮影していくという凝りよう。これはオリジナル版を参考にして「再映画化」しようとした作品ではなく、オリジナル版を忠実に「複製」しようとした作品なのだ。僕はこれを、「写経映画」と名付けたい!

 オープニングはオリジナルと同じバーナード・ハーマンのスコアを使い、オリジナルで使われたソール・バスのタイトル・デザインをそのままコピー。(もちろん出演者やスタッフが異なっているし、ソール・バス本人も亡くなっているので、今回は別のデザイナーが新たに作り直している。)ここから後は推して知るべしで、何から何までヒッチコックをコピーしようとする姿勢が明白なのだ。唯一違うのは、この映画が1998年という現代を舞台にしていることぐらいだろうか。

 しかしここで奇妙なことが起きる。この映画は'60年に作られたオリジナルをコピーするため、登場人物の服装などもオリジナル版に近いものになっている。そのため、現代を舞台にしているはずなのにどこか古めかしい部分があり、時代背景がわかりにくい映画になってしまっている。もっとも顕著なのは、私立探偵アーボガストの帽子だ。今時、帽子をかぶった探偵なんているか?

 『サイコ』は死んだ母親と自分を同一視するあまり、精神を病んで殺人を繰り返す青年の物語だ。このテーマは、そのまま今回の映画にも当てはまる。ガス・ヴァン・サントは巨匠ヒッチコックを愛するあまり、彼と自分を同一視して『サイコ』を作ってしまった。ノーマン・ベイツの行動が死んだ母親の醜悪なパロディであるように、このリメイク版『サイコ』もオリジナル版のグロテスクなパロディになっているように思える。そこに欠落しているのは、ユーモアのセンスだろう。

(原題:PSYCHO)


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