サスペリア

1999/08/04 シネカノン試写室
決してひとりでは見られない、ダリオ・アルジェントの代表作。
ミステリーとショック描写のバランスがいい。by K. Hattori


 日本人がダリオ・アルジェントの名前を明確に意識したのは、たぶんこの映画からではないだろうか。日本では昭和52年に東宝東和配給で公開されたが、この時は『決してひとりでは見ないでください』というコピーが話題になった。得体の知れないサーカム・サウンドや、映画を観ていてショック死した場合に備えて保険が作られ、実際に試写では失神者が続出。当然日本でも大ヒットして、本来この映画とは関係ない映画に、パート2のタイトルを付けて公開したほどだ。公開時には残酷シーンをグリーンのフィルターで処理していたというのですが、かえってその方が禍々しい雰囲気になっちゃったりして……。『エクソシスト』以降のオカルト映画ブームの中で製作された作品だが、今観ると、むしろ謎解きミステリーとして秀逸な作品に思える。

 ローマのバレエ学校に入学したアメリカ人の少女が、学校内で起こる連続殺人事件の謎を解く物語。見どころはやはり、人工的な照明と美術、それにショッキングな殺人シーンです。全体の基本トーンを赤と青と緑で統一し、殺人シーンも凝りまくり。描写もいちいち極端で、雨が降れば猛烈な土砂降り、殺人犯は必要以上に被害者をめった刺しにし、バレエ学校の教師はナチス将校のような軍隊調、謎の学校長は大イビキ、主人公がめまいを起こせばヨロヨロと千鳥足、寝ぼけているときは頭がグルングルン回っちゃう。芝居のひとつひとつを取り出せば、どれも大げさで笑ってしまいそう。でもこれが、赤と青の人工的なセットの中で演じられると、舞台劇のようにピタリとはまってしまう。

 殺人シーンは「痛そう」なものが多い。窓ガラスに顔を押し付けられるとか、小さなナイフで腹や胸を何度も何度も突き刺すとか、落ちてきたガラスや鉄骨で人間が床に釘付けにされてしまうとか、束になった有刺鉄線の中に落っこちるとか、目玉に針を刺すとか……。特殊メイクでリアルな死体を作る今風の「気持ち悪〜い」恐怖ではなく、観ていて「きゃ〜っ」「ひょえ〜っ」「いや〜だ〜」「やめてくれ〜」という人間の生理に訴え、背筋がゾクゾクするような恐怖だ。

 この映画を観ていてもわかるのは、アルジェントのミステリー映画に対する繊細な気配り。足音を数えて学校内を追跡して行くところや、謎めいた言葉の解明などは面白い。イタリア流の残酷劇にはなってますが、この監督はヒッチコックの正当な後継者なんですね。例えばこの『サスペリア』は、ヒッチコックの『レベッカ』と雰囲気が似ていると思う。既にこの世にはいないカリスマ的な女主人(校長)の影響力が、今なお屋敷(バレエ学校)を支配しているというところが『レベッカ』だし、最後が大火事で終わるのも同じ。アメリカの西部劇がイタリアではマカロニ・ウェスタンという曲芸まがいの残酷ショーになったように、ヒッチコックの映画をアルジェントがイタリア流に翻案すると、残酷描写たっぷりのショッキング・ホラーになるのかもしれません。

(原題:SUSPIRIA)


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