シャンドライの恋

1999/08/04 日本ヘラルド映画試写室
愛する人の夫を救うため、男が示した無償の愛の結末は。
ベルトリッチ監督の小さな恋愛映画。by K. Hattori


 『ラスト・エンペラー』『リトル・ブッダ』などの大作で知られる、イタリアの巨匠ベルナルド・ベルトリッチ監督の最新作は、上映時間94分の小さな映画。もっとも企画段階では1時間の映画にする予定だったと言うから、これでもずいぶんと「大作」なのかもしれない。主演は『妻の恋人、夫の愛人』『グリッドロック』のサンディ・ニュートンと、『セブン・イヤーズ・イン・チベット』のデヴィッド・シューリス。

 政治犯として逮捕された夫を残し、アフリカからイタリアに亡命してきている黒人女性シャンドライ。彼女は大学で医学を学びながら、英国人の内気な音楽家キンスキー宅で住み込み家政婦をして生活費を稼いでいる。キンスキーはシャンドライにほのかな好意を寄せ、やがてその想いは爆発する。「君を愛している。君のためなら何だってする!」「なら私の夫を刑務所から出して!」。キンスキーはこの日以降、シャンドライに控え目な態度をとるようになる。だが間もなく、キンスキーの屋敷から高価な骨董品や家具が少しずつ消えて行く。アフリカから届いたキンスキー宛ての手紙や黒人神父との交渉。間もなく、キンスキーの部屋からピアノまで消えてしまう。彼は自分の財産を処分して金を作り、シャンドライの夫を刑務所から出そうとしているのだ。だが彼はそんなことをおくびにも出さない。シャンドライも、彼が何をしているのか察していながら何も言わない……。

 ものすごく言葉の少ない映画です。映画の冒頭から数十分は、ほとんど台詞らしい台詞がないぐらい。ドラマが動き出してからも、キンスキーとシャンドライの間には言葉のやりとりがほとんどない。しかしその分、ふたりの間にある濃密なエロスの空気が強く感じられます。ここにあるのは、何かを台詞に出したとたん、壊れてしまうような繊細な関係です。キンスキーのシャンドライへの愛情は、彼女の夫を助け出すという行為に結びつく。これは決して報われることのない愛の形です。彼の行為が実を結んだ瞬間、シャンドライはキンスキーの前から永久に去ってしまうでしょう。シャンドライもキンスキーのそんな愛に気付きながら、それには一言も礼を言いません。彼の愛の形を認めてしまうことが、彼の愛を受け入れてしまうことにつながりそうで恐いのかもしれません。出所した夫がローマに到着する前日、キンスキーにお礼の手紙を書くシャンドライの姿が切ないです。

 シャンドライはキンスキーを愛するようになりますが、だからと言って夫への愛情が薄れたわけではないと思う。彼女は自分の夫を心から愛しているからこそ、その夫のために私財をなげうって奔走してくれるキンスキーに好意を持ち、やがて愛するようになるのです。人間は誰だって、自分が大好きな何かを一緒に大切にしてくれる誰かに心惹かれるものです。シャンドライは夫を愛し、キンスキーは彼女を愛するがゆえに、彼女の愛する夫のためにすべてを捨てた。キンスキーとシャンドライが愛し合うのは当然のようにも思えます。

(原題:Besieged)


ホームページ
ホームページへ