Mr. Pのダンシングスシバー

1999/07/05 映画美学校試写室
ベトナム帰還兵とその妻の葛藤を描いたヒューマン・ドラマ。
物語は悪くないけど、脚本と演出がヘタクソ。by K. Hattori


 ベトナム帰還兵のブルースと、日本人妻ミツコのラブストーリー。アメリカで初めて黒人の寿司職人になったブルースは「Mr. Pのダンシング・スシ・バー」を開いて大成功。しかし妻のミツコは、そんな生活に空しさを感じていた。夜毎ベトナム戦争の悪夢にうなされるブルースにミツコはベトナム行きをすすめるが、彼は首を縦に振らない。やがてふたりは離婚。ブルースは交通事故にあったことを機会に、ベトナムに出かけるが……。

 監督・脚本は『あふれる熱い涙』の田代廣孝。舞台はアメリカで、出演者は全員アメリカ人。日本人妻のミツコを演じているのは中国系のナンシー・クワンだし、寿司屋の親方を演じているのはロイド・キノという東洋系の俳優。この映画でうまいと思ったのは、日本人役の俳優にひとことも日本語をしゃべらせなかったことです。ミツコと寿司屋の親方が会話する場面を極力避け、日本語が登場しなくても違和感がない状況をきちんと作っている。これは脚本がうまいと思いました。

 ただ、全体的にはヘタクソな映画です。同じ物語でももっともっと面白くなるし、感動的に描けるはずなんですが、この映画はそうしない。インディーズ映画というのは「つまらない映画」と同義じゃないはずなんですが、この映画の作り手たちは、そこを何か勘違いしているんじゃないだろうか。話の組立を少しいじるだけで、ラストシーンに向けてどんどんスリルが増してくるし、最後も涙なくしては見られない大感動作になったのに……。

 話の流れは決して悪くないし、登場人物たちの気持ちも十分に理解できるような気がします。しかしこの映画には、まったく歯ごたえがない。物語がつるつるとなめらかに先に進んでしまって、キーになるエピソードが欠落しているのです。主人公たちの気持ちを、台詞やナレーションで説明してしまう部分も多すぎる。芝居でそれとなくほのめかしておいてから、台詞で後追い説明する分には気にならないのですが、最初に台詞ありきで、それを弁解するような芝居がついてくるのでは白けます。例えば、ミツコが息子を日本に置いてきてしまった自責の念や負い目のようなものを、なぜ序盤できちんと芝居に折り込んでおかないのだろうか。ブルースが悪夢に悩まされ、それにミツコが心を痛めていることを、なぜ芝居として見せてくれないのだろうか。

 主人公ブルースがなぜベトナムに行こうとしないのか、ベトナムで何があったのかが、この物語を引っ張るひとつの課題になっている。さんざんベトナム行きを嫌がっていたくせに、ブルースがあっけなくベトナムに行ってしまうのには拍子抜けだ。ここにはもっと大きな葛藤がほしい。ミツコがベトナムに行くタイミングも中途半端。ブルースにとってトラウマとなっている村の訪問をちらつかせ、「ひとりではとても行けない。ミツコがいなくてはダメだ」という状況に彼を追い込んでからミツコと再開させればよかったのに。ラストのオチはあまりにも安直。それまでは許せたけど、このラストで興醒めだ。

(原題:Mr. P.'s Dancing Sushi Bar)


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