EM
エンバーミング

1999/07/01 東宝東和一番町試写室
高島礼子がアメリカ流の葬儀屋に扮したサイコ・サスペンス映画。
死体をいじくり回すグロテスクさだけが見どころ。by K. Hattori


 殺人にまつわる謎を解くミステリー映画では、主人公が常に「死」や「殺人」の近くにいる必要がある。必然的に主人公の職業は、刑事、探偵、検死官、医師、新聞記者などに設定されることが多い。こうした職業とは無縁の人物を主人公にした場合は、主人公の近くで偶然にも次々と事件が起きる不自然さを、キャラクターの魅力で補っているはずだ。この映画の主人公は、日本では珍しい「エンバーミング」という仕事をしている。職業名だけを聞くと目新しく感じるが、要するにアメリカ流の遺体処置技術を身に着けた葬儀屋のこと。日本では人が死んでから火葬するまでの間、ドライアイスなどで遺体の腐敗を防ぐのだが、アメリカでは遺体に防腐剤を注入して長期保存に耐えられるようにする。事故などで遺体の損傷がはげしい場合は、遺体を縫い合わせたり詰め物をしたりして修復し、最後は生前と同じ服を身に着けさせ、化粧を施す。これがエンバーミングだ。こうしたアメリカ流の葬儀術は、映画『キスト』や『マイ・ガール』で、映画ファンにはお馴染みのものだと思う。

 監督は『Wild Life』『シェイディー・グローヴ』の青山真治。高島礼子扮するヒロインが、高校生の変死と死体盗難事件の謎に迫るサイコ・サスペンス映画だ。死や死体に近い職業としてエンバーミング技術者(エンバーマー)を考えついたのが、新しいといえば新しい。エンバーマーは検察医のように「官」の仕事をしているわけではなく、葬儀場で働く民間人でしかない。それがベテランの検察医ですら見落とした遺体の小さな損傷を見つけだし、事件解決への糸口を作るというのは面白い切り口だと思う。しかしこの映画は、そうした立場で物語を作ってはいない。ここで描かれているのは、死体をいじくり回すグロテスクさであり、内臓や血液に対する生理的な嫌悪感ばかりなのだ。

 この映画はエンバーミングという仕事を、ことさら不気味なものとして描いている。口先では死者への敬意や愛情を叫びながら、やっていることは死体をもてあそんでいるだけではないのか。この映画に登場するエンバーマーは、自殺未遂経験のある高島礼子、ヨボヨボで死にそうな鈴木清順、死体解体業者になり下がった柴俊夫だ。彼らは多かれ少なかれ、精神を病んでいる。どうせなら映画の冒頭で、エンバーミングという仕事がどんなものなのか、もっと正々堂々と紹介してほしい。その上で、高島礼子演ずるヒロインの仕事熱心さを見せ、彼女がそこまで仕事に入れ込む理由が、母の死とその遺体に施されたエンバーミングにあったことを説明すればいい。

 政財界に多大な影響力を持つ宗教組織、多重人格、双生児、臓器売買の秘密組織など、面白そうなアイデアが次々登場するくせに、それらがつながって大きな物語になることはない。これはもう、絶対的に脚本が悪いのだ。雨宮早希の原作を脚色したのは橋本以蔵だが、青山真治も脚本にタッチしているから共同責任だろう。ミステリーとしてもサスペンスとしても失敗作だ。


ホームページ
ホームページへ