知ったこっちゃない

1999/06/09 メディアボックス試写室
ごく普通のユダヤ系アメリカ人の生涯を息子のインタビューで綴る。
父子の格闘ぶりが、画面からひしひしと伝わってくる。by K. Hattori


 アメリカには東欧から移民してきたユダヤ人の子孫が多い。この映画はそんな移民の子孫である映画監督が、自分の父親を通じて自分のルーツ探しをするドキュメンタリー映画。アメリカ人は自分たちが移民の子孫であることを自覚し、自分たちの「民族性」を頑固に守っている部分があるのだが、じつは自分たちの出自やルーツについては、ひどくルーズなところがある。つい先日試写を観た『恋はワンダフル』にも、アイルランド系の上院議員候補が、アイルランド系住民の票ほしさという理由だけで、熱心に先祖探しをする場面が出てきた。アメリカ人のほとんどにとって、自分の祖父や祖母、曾祖父や曾祖母たちが、ヨーロッパのどんな町で生まれ、どんな生活をしていたかなど興味がないのかもしれない。だからこそ『ゴッド・ファーザー』のような映画が作られると、人はそこに「失なわれて久しい郷愁」を感じてしまうのでしょう。アメリカ人が年中先祖のことを考えていたら、『ゴッド・ファーザー』はあんなにヒットしなかったかもしれない。先祖について考えることは、ごく普通のアメリカ人にとって、ノスタルジックでセンチメンタルに過ぎることなのかもしれません。

 この映画に登場する父親は、息子が自分たちのルーツを探そうとしている様子を見て「なんでお前はそんなことをしているんだ。そんな映画を誰が面白がるんだ。お前の映画などクソだ!」と言います。彼は自分自身の先祖になど、まったく何の興味もわかないのです。息子があちこちで資料を探し回り、曾祖父の故郷や墓のありかを突き止めてきても、「それがどうした」「ワシには興味がない」とまるで相手にしない。彼は祖先のことばかりか、自分の両親についてさえ何も興味がないのです。両親の誕生日や結婚記念日すら知りません。

 じつは僕も自分の両親の誕生日や結婚記念日にあまり興味がないので、ここに登場する父親が特別変な人だとは思わなかった。でも、この人が「わしは何も知らん!」「なぜわしにそんなことを聞くんだ!」と、いかにも嫌々答えている声の裏には、ただ単に興味がないという理由以外の何物かがあるように思えてくるのです。それはこの父親の孤独かもしれない。人間嫌いで周囲に人を寄せ付けないくせに、年老いた今となって孤独を感じている男の姿……。父親にインタビューしているこの映画の監督は、そんな父親の姿を、自分自身の未来と重ね合わせている。(息子は多かれ少なかれ、父親に似るものだ。)だからこそ、この監督は自分のルーツ探しに夢中になっているのかもしれない。

 ここに登場する父親は、特別な誰かではない。ごく普通に働いて、ごく普通に家庭を築き、親になった男だ。結婚が破綻したという事実はある。でも、そんなことは特別なことではない。この映画を観ると、ごく普通の人間の中に、膨大なドラマが隠されていることがよくわかる。ドキュメンタリー映画や家庭用8mm映画の映像を、巧みに挿入しているのも面白い。

(原題:NOBODY'S BUSINESS)


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