女たちの太平洋戦争
〜15歳の手記より〜

1999/05/11 TCC試写室
銃後で戦争を支えた庶民の目から見た太平洋戦争史。
橋田ドラマの欺瞞性が気にかかる。by K. Hattori


 8年前に制作されて全国放送されたテレビドラマを、35ミリにキネコした作品。朝日新聞が全国から集めた女性たちの手記をもとに、「おしん」などで知られるベテラン脚本家・橋田壽賀子が原案を作り、石井君子が脚本化し、中村金太が監督したもの。横浜で暮らす写真館一家を主人公に、太平洋戦争開戦の日から終戦までを市井の人々の視点で描いた物語だ。テレビドラマの世界では話題にもなり、高い評価を受けている作品のようだが、僕はこの作品に強い違和感を持った。

 この作品に描かれている個々のエピソードは、どれも実際にあった本当のことなのだろう。しかしそうした実体験を集大成し、「小宮山写真館」の人々を造形する段階で、作り手の作為が大きく作用する。僕はこの小宮山一家が、戦時中の家族像としてはひどくエキセントリックなものに思われた。もちろん僕も戦時体験はないわけだから、このドラマに対して「あんなもの嘘っぱちだ」と言い切る根拠は全くない。だが同じ戦時下を描いていても、木下惠介や向田邦子の作品には、今我々が暮らしている日常と地続きのリアリティを感じるのだ。

 これは朝日新聞や橋田壽賀子ドラマに共通していることだが、彼らは日本が戦争に突入したとき「一般庶民は漠然とした不安を感じていた」「間違ったことをしているという自覚があった」という前提で話をしたがる。しかし、当時の統制されたニュースしか知らぬ庶民の多くは、昭和16年12月8日に流れた開戦のニュースを、胸のすく快事として受け入れたはずだ。開戦に不安を感じていたのは、国際情勢に知識を持つインテリ層ぐらいだろう。日本はそれ以前から中国で戦争をしているのだから、アメリカとの戦争が始まったことで、突如として戦争に対する不安がかき立てられるのは不自然すぎる。もし対米戦争に違和感を持たせるのであれば、アメリカ映画や音楽などをもっと小道具に使って、「あんな豊かな国と戦って大丈夫なんだろうか」と思わせるぐらいの工夫は必要だろう。このドラマが開戦を暗い時代の始まりとして描くのは、4年後の敗戦を知っている者の後知恵に過ぎないのではないだろうか。

 木下惠介や向田邦子の作品がリアルに感じられるのは、やがて訪れる暗い未来をまったく予想していない庶民が対米奇襲作戦の成功という序戦の勝利に酔いしれながら、心の底から日本万歳を叫んでいるからだ。それは当時の庶民としては、ごく普通の反応なのだ。だがそうした反応を「愚かなことだった」と教育された現代人は、ドラマの主人公に愚かな行動を取らせたくないばかりに、戦争が始まったニュースを暗い表情で聞く場面を作ってしまう。そのことによって、かえって歴史の大切な部分がねじ曲げられてしまうような気がするのだが……。

 このドラマで取り上げられているエピソードは、どれも庶民の実体験に違いない。だがそれによって肉付けされた小宮山家の人々は、戦後教育を受けた日本人が理想化した「戦前の一家族」に過ぎないのです。


ホームページ
ホームページへ