π

1999/04/08 GAGA試写室
世界を支配する秘密の数字を発見した数学者の運命は?
低予算映画だが、監督の才能はわかる。by K. Hattori


 世の中の森羅万象を特定の数字に置き換えられると信じ、その法則を日夜研究をしている天才数学者が主人公の異色SF。彼は株式市場というカオスを相手に、自分の仮説の正しさを証明しようと躍起になる。しかし彼がその数字に近づけば近づくほど、彼の頭の中では新しい感覚が目覚めて行くのだった。モノクロの超低予算映画だが、アイデアの面白さで最後まで観客を引っ張って行く。感じとしては、デビッド・リンチやクロネンバーグの映画に近い雰囲気。チープでグロテスクで、しかしどこかスタイリッシュで知的な匂いのする映画です。

 『π』というタイトルは、言うまでもなく「3.14159……」と無限に続く円周率のこと。古今東西、あらゆる数学者がその規則性や法則性を解き明かそうとしながら、それに挫折した数字の羅列だ。πはあらゆるパターン化を拒絶する、乱雑で不規則な数字の群れ。円というもっとも単純な図形の中にある不可解な数字に、人々は挑み、ひたすら小数点以下を計算して行く。πはカオス(混乱)と予測不可能な未来の象徴。小さな小宇宙の中に無限の数字を秘めた、この世界の象徴なのです。

 主人公の研究は学問領域では異端視されて黙殺されているが、株式市場の支配をたくらむ謎の組織と、ユダヤ教の原理主義者たちは、研究成果に強い興味を持つ。株屋が市場予測に興味を持つのはわかるのだが、ユダヤ教徒がなぜ数学に興味を示すのか。じつはユダヤ教の聖典であるモーセ五書(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)には暗号が含まれており、それを解読することで、隠された神の名前が明らかにされるというのだ。紀元70年のユダヤ戦争でエルサレムの神殿が破壊され、神の住まいである至聖所も失われた。だがそれを再現する秘密は、モーセ五書の中に隠されているという。

 聖書の暗号についてもっともらしく論じる人もいるようだが、実際にそれを解き明かした人はいない。僕は映画のタイトルが『π』という無限に続く数字の列で、その後から聖書の暗号の話が出てきたので、「聖書の数値化をパターン化して無限に続く数字の列を作り出せば、これから先の遠い未来のことまで予想できる」という話になるのかと思ったんですが、そういう話ではなかった。

 監督・脚本はダーレン・アロノフスキー。1969年生まれだから今年30歳だが、若手監督が次々に生まれているアメリカ映画界では、特別若さを売りにするような年齢でもない。『π』の製作費はわずか6万ドルというから、日本円にしても1千万円に満たない少額。それでいて、アメリカでは300万ドル以上の興行成績を上げたというから大したものだ。『π』は映画秘宝の「この映画をみろ!'98」でも注目作にあげられていたので、個人的には期待していた。作品としては期待したほどではなかったが、これはいわばダイヤの原石のような作品。アメリカでは監督の才能を金で磨く。アロノフスキー監督もその豊かな才能をハリウッドで磨き抜き、やがて世界をあっと驚かせる大作を作ることでしょう。

(原題:π)


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