虹の岬

1999/03/30 東宝第2試写室
許されぬ恋に落ちた老歌人と大学教授夫人の実話がモデル。
役者も物語も悪くないのに、もう一息たりない。by K. Hattori


 第30回谷崎潤一郎賞を受賞した辻井喬の同名小説を、テレビドラマの世界で演出家として活躍してきた奥村正彦が映画化した文芸作。4月早々に公開されるというのに、いつまでたっても試写の案内が来ないので東宝に問い合わせたら、じつは宣伝予算がなくて試写状を出していなかったんだとか。あわてて最後の試写に飛び込んだら、小さな試写室には僕も含めて3人しか人がいなかった。しかも、この試写は僕以外の2人のために特別に行われたものらしく、試写がはじまったのは予定時間より15分も早かったのだ。ちなみに、僕のすぐ後ろに座っていたのは、筑紫哲也だったんですけどね……。

 歌人の川田順と、年の離れた人妻・森祥子の不倫愛を描いた作品です。(これは実際にあった事件をモデルにしているようですが、相手の女性の名前は少し変えてある。)物語は戦争末期の、昭和19年からはじまる。川田の開いている短歌教室に、運命の女性・森祥子が現れる。この時、川田は64歳の男やもめ。祥子は30代半ばだった。祥子は貧しい大学教授の夫人で、3人の子供の母親。平凡な主婦だった彼女は、短歌に出会うことで世界が大きく広がって行くのを感じていた。だが夫には、そうした世界がまったく理解できない。祥子の川田への尊敬は、少しずつ愛情に変わって行く。

 川田を演じているのは三國連太郎。祥子を演じているのは原田美枝子。配役としては、これ以上ない組み合わせでしょう。しかし、僕はこの映画にいまひとつ魅力を感じなかった。すべてをかなぐり捨てても悔いが残らないような恋愛の魅力が、この映画からはさっぱり伝わってこない。主人公たちはへんに上品で、一歩間違えると暗い穴に落ち込んでしまうような、激しい恋の恐ろしさがまったく感じられないのです。彼らの恋は、周囲の人々の平安な生活をかき乱し、家族を不幸にするものです。しかし恋する男女はあくまでもエゴイスティックに、自分たちの恋を成就させようとする。他人を踏みつけにし、不幸にすることで成り立つ自分たちの幸せ。甘い恋の裏側にある、残酷な現実です。このへんは、先頃観た『ファイアーライト』という映画の方がよくできていた。

 映画の中では、祥子が川田に惹かれる気持ちはそれなりに描かれているのですが、川田がなぜ祥子に魅力を感じたのかがうまく伝わってこない。男女が知り合って、互いに相手に好意を感じ、やがてそれが恋に変わるという魔法のような瞬間を、この映画は描いていないのです。この監督は感情の高まりを描くのが苦手なのかもしれません。母が去るのを長女が駅のホームから見送る場面も、本当ならもっと感情が盛り上がっていい場面です。それまで取り繕っていた仮面がはがれ落ち、人間の感情がむき出しになる瞬間を、もっと描いてほしかった。

 原作者の辻井喬とは、セゾングループのリーダー堤清二が文筆活動をする際のペンネーム。実業家である堤清二は、実業家から歌人に転身し、若い女性と浮き名を流した川田順の生涯に、自分の理想を見ているのだろうか。


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