SAFE

1998/12/03 映画美学校試写室
『ベルベット・ゴールドマイン』のトッド・ヘインズ監督作品。
化学物質過敏症という現代の奇病を描く。by K. Hattori


 以前、内装を工事したばかりの事務所に移ったとき、僕だけクシャミと鼻水が止まらなくなって困ったことがあります。最初は花粉症かと思っていたのですが、建物の外に出るとピタリと症状が止まるので、どうやら建物の中に問題があることがわかった。新品の壁紙や、新品のカーペット、壁の塗料などから出る微量の化学物質が、一種のアレルギー反応を起こしているのではないかと思うんですが……。僕の場合、しばらくマスクをつけて過ごしていたら、だんだん慣れてきたので被害は少なかったのですが、この『SAFE』という映画を観て、自分の症状が軽かったことに感謝させられました。

 映画の舞台は、1980年代のサンフェルナンド・ヴァレー。主人公はジュリアン・ムーア扮する専業主婦のキャロル・ホワイト。映画『ブギー・ナイツ』を観た人なら、サンフェルナンド・ヴァレーが『ブギー・ナイツ』の舞台であり、ジュリアン・ムーアがポルノ女優アンバーを演じていたことがすぐに思い出すはず。かつてポルノ映画のメッカだった土地は、数年後には高級住宅地になっているのです。家族と一緒にこの土地に越してきたキャロルは、新築したばかりの家で原因不明の体調不良に襲われる。身体がだるい、頭痛がする、異臭を感じる、咳が止まらない、はては呼吸困難の発作を起こす。医者に見せても診断の結果は健康そのもの。それでも体調は悪化し続ける。医者は病気の原因を精神的なものだと考え、精神科の医師を紹介する。だがそれでも、問題はまったく解決しない。やがてキャロルは、この病気が化学物質過敏症という新種の病気だということを知る。

 ほぼ2時間の映画で、前半の1時間はキャロルが自分の病気を自覚するまでが描かれ、後半の1時間では、彼女が同じ病気を持つ人たちが暮らすコミューンに入り、新しい自分自身を見つけようとするまでを描きます。化学物質過敏症というのは実在の病気ですが、この映画の前半部は、「難病物」というより『エクソシスト』に似ている。原因不明の病気に身体をむしばまれ、医者もさじを投げ、症状がどんどん悪化して行くキャロル。顔からは精気が失せ、やせ衰えてゆく彼女の姿は、まるで悪魔にとりつかれたようです。そしてこの映画は、彼女にとりついた悪魔の正体が、我々のごく身近にある化学薬品や食品添加物であることを教えてくれる。これは恐い。我々の身体もいつ免疫の許容量を超えて、これらの化学物質にアレルギー反応を起こすかわからないのです。

 映画の後半に登場する化学物質からの避難コミューンも、キャロルにとっては救いの場にはならない。そこは病気治療のためのサナトリウムというより、新興宗教の道場のような場所なのです。でも彼女を化学物質から守ってくれるのは、そんな場所しかないのです。彼女はそこで徹底的に教育(洗脳)されて、それまでの生活と自分自身の存在基盤をすべて失ってしまう。前半も恐いけど、この後半もかなり不気味なものでした。観ているとなんとなく「明日は我が身」という気がしてきます。

(原題:SAFE)


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