バジル

1998/11/13 東宝第1試写室
青年貴族バジルと商人マニヨンの友情に隠された真実とは……。
19世紀イギリスの貴族社会を描いた人間ドラマ。by K. Hattori


 原作は19世紀に活躍した推理小説の先駆者、ウィリアム・ウィルキー・コリンズの同名小説。19世紀のイギリスを舞台に、裕福で厳格な家庭に育った青年貴族バジルと、彼の命を救った商人ジョン・マニヨンの友情、そして、若く美しい女性ジュリア・シャーウィンとの三角関係を描く文芸大作だ。監督はインド出身のラダ・バラドワジで、これが彼にとっては2本目の映画。今回は監督の他に、脚本と製作も担当している。主人公バジルを演じるのは、『キルトに綴る愛』のジャレッド・レト、ジョン・マニヨンを演じるクリスチャン・スレーターは今回製作も担当、そしてジュリアを演じているのは、最新作『ジョー・ブラックをよろしく』でブラピと共演しているクレア・フォーラニだ。本作の撮影はすべて、物語の舞台となったイギリスで行われている。

 原作がどういった構成になっているのかは不明だが、映画はミステリーというより、絶大な父親の影響力から逃れようとするバジルの成長物語であり、見せかけの愛と本物の愛の間で引き裂かれて行くジュリアの悲恋物語であり、家族の仇を討とうとするマニヨンの復讐劇だ。一見バラバラな方向を向いた各エピソードを、バランスよく映画に仕立てた脚本と演出は大したもの。だがバランスがよすぎて、物語全体が小さくまとまりすぎた印象も残る。映画の語り手はバジルなのだが、彼は物語からもう少し後退させた方がよかったかもしれない。バジルの父フレデリックとマニヨンが人物配置の両極にいて、その間にバジルやジュリアが存在するのだが、この映画ではバジルが正面に浮き上がりすぎて、人物同士の心理的葛藤や対決が見えにくくなっているようにも思う。

 マニヨンの目的やフレデリックの弱さを、すべて台詞で語ってしまうのも気になった。マニヨンがひた隠しにする憎悪や、フレデリックの抱えている内的葛藤が、最後になっていきなり飛び出してくる印象がある。このあたりは事前にきちんと芝居をつけて、マニヨンがただの親切な男ではないことや、フレデリックの弱さを観客に示してほしい。それでこそ、最後の台詞や説明で、すべてが観客の腑に落ちるのだと思う。この映画ではバジルとジュリアの心理描写に力が入れられているようだが、もしこのふたりを中心にするのなら、脚本の時点でもう少しジュリアのエピソードを増やさないと厳しい。ジュリアがマニヨンへの愛とバジルからの愛の間で揺れ動くシーンがあると、映画はずっとよくなっただろう。

 19世紀のイギリスはまだまだ貴族が威張っていた時代なのだが、この映画はその貴族が庶民に復讐され、没落して行く物語とも読める。こうした文脈で映画を観ると、主人公はバジルの父フレデリックになる。彼は自分自身の中に、貴族社会の高慢さと脆弱さと矛盾のすべてを持ち合わせている人物なのだ。この映画はアメリカ映画なので、没落して行く貴族に対して一片の同情も示そうとはしない。この映画がイギリス人の監督で撮られていると、また違ったものになったと思う。

(原題:Basil)


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