タンデム

1998/09/01 シネカノン試写室
パトリス・ルコントが1987年に撮ったロード・ムービー。
人間の複雑さと優しさを描いた傑作。by K. Hattori


 パトリス・ルコントが1987年に監督したロード・ムービー。20余年に渡ってラジオのクイズ番組で司会をしている初老の男と、彼と同じ移動中継車に乗って旅を続ける中年ディレクターの物語だ。司会者モルテスを演じているのは、『髪結いの亭主』のジャン・ロシュフォール。彼に振り回されてばかりのディレクター、リヴトを演じているのはジェラール・ジュニョー。ふたりの男の旅の様子と、その中で葛藤や友情が浮き彫りにされてくるバディ・ムービーですが、それぞれのキャラクターの性格の裏表だけでなく、さらに一回転して別の面が見えてくるスリルがある。これにはびっくりしました。

 主人公ふたりは、反発し合いながらも一緒に旅を続けざるを得ない相棒同士です。毎日放送されるラジオのクイズ番組が続く限り、ふたりは田舎の小さな町を車で移動し続ける。番組の中では人当りのいいモルテスも、いざプライベートになれば、気難しくて問題行動の多い老人。身近にいるリヴトを口汚くののしったり、経費を盗んで賭場ですってしまったり……。リヴトはモルテスといる限り、心の休まる暇がない。ところがある日リヴトのもとに、突然の番組打ち切りの知らせが届けられる。モルテスが人一倍番組に誇りを持っていることを知っているリヴトは、番組打ち切りの事実を、どうしてもモルテスに伝えられない。放送局からの連絡をすべてシャットアウトし、局の決定をモルテスに伝えまいとするリヴトの苦労が始まります。これが大まかなストーリー。

 この映画に描かれているのは、ひとりの人間が持ついくつもの顔です。モルテスは機転のきくクイズ番組の司会者であり、頑固で偏屈な老人でもあります。番組の中では博学博識ぶりを見せますが、ファンに招かれた夕食会では、ファン自作のクイズに1問も答えられずに周章狼狽する。彼は番組の中で博識を装っているだけなのか? 彼の名司会者ぶり、名出題者ぶりは、ラジオ番組用に演出された虚像なのだろうか? ここまでは、どんな物語作家でも考えそうな、単純な人間の「裏と表」です。でもこの映画のすごいところは、ここを振り出しに、モルテスの人物像がさらに二転三転し、最後は観客のすべてが「モルテスってすごい男だな」と納得してしまう部分にあります。物語を早飲みこみして、結末を漠然と予想していた僕は、その予想を見事にはぐらかされて大喜びしてしまいました。この結末は嬉しいものです。

 気難しい老人の世話に辟易しながらも、いざ番組が終ると知ると、彼を傷つけまいと心を砕くリヴト。最後の放送が終っても彼はモルテスに真実を告げられず、放送されることのないクイズ番組を、老人ホームで実況放送することになる。さすがにここまで事実隠蔽がエスカレートすると、映画を観ている方も心配になってくる。それは映画の作り手も心得ていて、うまくこの事態に終止符を打ってくれます。この引き際の呼吸は見事。しかもこの場面では、モルテスの台詞が泣かせるじゃありませんか。このシーンは、僕の大好きな場面になりました。

(原題:TANDEM)


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