キスト

1998/04/15 日本ヘラルド映画試写室
死体愛好者の女性と、彼女を愛した医学生の恋の結末は?
カナダ人女流監督の描くラブストーリー。by K. Hattori



 一風変わった設定ではありますが、中身はピュアなシンプル・ラブ・ストーリーです。主人公サンドラは幼い頃から「死体」が大好きで、小動物の死体を見つけては森に運び、独特の儀式をして葬ることに無上の喜びを感じていた。彼女が成長して、葬儀屋に勤めるようになったのは不思議ではない。彼女にとって、死体の防腐処理は天職です。好きこそものの上手なれで、彼女はあっという間に、勤め先のボスさえしのぐ腕前に成長する。彼女は死体を愛している。死体に触れるだけで体中に電気が走り、死体の唇にキスすると、全身が火照るような恍惚を感じてしまうのです。やがて彼女は、コーヒーショップで知り合った医学生と付き合うようになる。彼はサンドラの死体趣味に興味を持つのだが、やがて彼女が全裸で死体と抱き合うようになったことを知ると、死体に猛烈な嫉妬を感じはじめるのだった……。

 主人公の死体愛好癖が、じつに美しく映像化されていて、観ていてうっとりしてしまいます。死んだ小鳥に頬ずりし、夜中に彼女ひとりで行う埋葬の儀式では、下着姿で墓の周囲をぐるぐる回る。その姿のエロチックなこと……。成長したサンドラがはじめて人間の死体に触れる場面や、車の中でキスするシーン、その後、自分の唇に手を当てて感触を確かめるシーンなども素敵でした。こういう様子を見ると、彼女が本当に「死体に恋している」という感じが伝わってきます。処置室で彼女が死体を相手にセックスする場面も、本当にきれいに撮れてます。本来ならグロテスクな場面なんですが、ここに映っているサンドラの姿はじつに幸福そうなのです。

 彼女を愛するようになるマットは、彼女を愛するがゆえに死体に嫉妬する。彼が新聞の死亡記事を集めたり、葬儀場に出かけて死体と対面した、じつにストレートに焼きもちを焼くところがいいのです。彼は彼女の趣味を最大限認めているし、理解もしている。だから彼女に、死体と寝ないでくれとは言わないし、彼女を異常だとも言わない。彼は彼女をもっともっと理解すれば、自分の嫉妬が収まるのではないかと考える。でもそれは無駄です。彼女は死体をもっとも愛しているのだから……。マットはサンドラが死体とセックスしている姿を見たいと願ったり、死体の格好をした自分をサンドラが抱いてくれるのを望むようになりますが、これもサンドラに拒否されてしまう。サンドラは生きている人間を、死体と同じように愛することは出来なのです。物語の結末はある程度わかってしまうのですが、そこに至るまでの様子がおかしくて哀れです。マットはいい人なんだけど……。

 監督・脚本・製作を兼ねたリン・ストップケウィッチは、これが長編デビュー作となるカナダ人女流監督。主人公を死体愛好者にした理由は、生身の男性が相手では絶対に起こり得ない、完全に女性が主導権を握ったセックスを描きたかったからだそうです。この映画のモチーフに嫌悪感を持つ人もいるかもしれませんが、僕は本作を、セックスと愛と死について描いた秀作だと思います。

(原題:KISSED)



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