ジョセフ・ロージー
四つの名を持つ男

1998/04/10 東和映画試写室
映画監督ジョセフ・ロージーの生涯を追ったドキュメンタリー。
撮ったのは『リング』の中田秀夫。by K. Hattori



 『リング』の中田秀夫監督が、イギリス留学中に作ったドキュメンタリー映画。原題は英語、扱っているテーマも海外のもの、中身もほとんど英語なのですが、監督も日本人、製作の主体も日本側なので、これは完璧な日本映画です。この映画で取り上げられているジョセフ・ロージーという人物は、50年代の赤狩りでハリウッドを追われ、イギリスに亡命した映画監督。代表作は『エヴァの匂い』『唇からナイフ』『恋』など。僕は3年前に『エヴァの匂い』だけを観ているが、人間心理のひだに斬り込んでくるようなシャープな演出に、心の底から震え上がったものです。

 ロージーは亡命後の5年あまり、自分の名前では作品を発表できない状態が続き、やむを得ず3つの変名で映画を撮っていた。本名に3つの変名をあわせて、合計4つの名前を使ったジョセフ・ロージー。それが『四つの名を持つ男』という、この映画のタイトルのゆえんです。今回はこの映画の公開にあわせて、ロージーが亡命後はじめて自分の本名で発表した『非情の時』と『エヴァの匂い』を上映する小特集が組まれます。特集タイトルは、「ジョセフ・ロージー/ハリウッドの灯は遠く」という。これらのタイトルは、ロージー監督の作品『二つの顔を持つ男』と『パリの灯は遠く』のもじりになっています。

 このドキュメンタリー映画は、ロージーゆかりの人物たちへのインタビューと、彼が撮影した映画の断片、他のインタビューに答えているロージー自身の声と映像などからなる、スタンダードなスタイルの人物ドキュメンタリーになっている。インタビューに応じているのは、ロージーの息子、最初の妻、未亡人、脚本家、俳優、製作者、撮影や録音技師など。こうした人たちへのインタビューから、おぼろげにロージーの人となりは浮かび上がってきます。記録としてはたいした物です。

 ただし人物ドキュメンタリーとしては、かなり物足りない仕上がりだと思う。ロージーがなぜ『四つの名を持つ男』にならざるを得なかったのか、彼にとって本名を名乗れないという屈辱はどれほどのものであったか、彼はなぜアメリカに戻ろうとしなかったのかなど、人物の格となる部分に肉薄しているとは思えないのだ。ロージーの経歴を漫然と時系列に並べ、そこにインタビューの台詞や映像をはさみ込めば、形としてはドキュメンタリー映画になる。でも僕はこの映画を観て、ジョセフ・ロージーという人物の何かをつかんだという気にはなれなかった。同じ人物ドキュメンタリーでも、『ハーヴェイ・ミルク』や『ニコ・イコン』だと、何かをわかったようになれるのに……。僕はドキュメンタリー映画と言えども、集めてきた素材を整理して料理する、製作者なりの「解釈」が必要だと思うのです。

 この映画は料理で言えば串を打っていないウナギみたいなものです。グニャグニャ動いて、とても料理できない。びしっと1本、1本で足りなければ2,3本、材料に串を通してほしかった。これは無い物ねだりかな……。

(原題:Joseph Losey; The Man with Four Names)



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