孤独の絆

1998/03/19 松竹第2試写室
刑務所から出てきた弟を待っていた、幸せな結婚生活を送る兄。
兄弟の愛憎と葛藤を描くヒューマンドラマ。by K. Hattori



 刑務所から6年ぶりに出てきた少々知恵遅れ気味のティム・ロスが家に帰ってみると、玄関に現われたのは兄貴の女房デボラ・カラ・アンガー。彼女はロスの出現に露骨にいやな顔をしているが、行くところのないロスは地下室に居候することになる。兄貴のジェームズ・ルッソは弟の出所を喜んで何かと世話を焼くが、自身はマリファナの小売りを稼業にしているチンピラ。裏ではやくざから高利の金を借りていて、首が回らない状態だ。ティム・ロスはそんな兄貴を横目に、真っ当な職を探そうと右往左往。昔の恋人が結婚していることを知って、辛い思いをしたりもする。やがて彼が刑務所に入った本当の理由が明らかになるのだが……。

 映画のベースにあるのは、切っても切れない血縁の絆です。ティム・ロスがやくざな兄貴を助けようとするのも、兄貴が弟の世話を焼くのも、欲得抜きの肉親としての愛情があるからです。でもそれが殺人事件という極限状態の中で、歪んだものに変形して行く悲劇。純粋でありすぎた弟の犠牲と、弟の面倒をみようとしていた兄の弱さ。そんなものを基調低音にして、映画は新しいメロディを奏でて行く。メロディをリードするのは、デボラ・カラ・アンガー。彼女はこの映画の狂言回しです。

 面白い映画だし、いい映画だとは思うけど、平均点を上回れない作品。細かい部分に、重大な欠点がある映画なのです。まずデボラ・カラ・アンガーが、貧しい育ちのすれた女に見えない。この役柄は生々しい生活を感じさせなければならないのですが、アンガーの演技からは日々の生活のリアリズムが希薄です。生活感がないから、彼女が見せるストリップもお人形さんが踊ってるみたいで、まったく面白味がない場面になってしまった。また、映画のベースになるべき兄弟愛の描写が、まだまだ足りないと思う。兄の弟に対する気持ち、弟の兄に対する気持ちが互いのカセとなって、ふたりの男を縛りつけているのですが、その重さが映画から伝わってこない。

 ティム・ロスもジェームズ・ルッソも芝居巧者なので、この兄弟が直接からむ場面はじつにいい感じ。ふたりが連れ立ってストリップ・バーに行く途中、車の中で会話をする場面などは絶品です。どうせなら、ふたりのからむ場面がもっと観たかった。そうすれば、兄弟の複雑な関係や、肉親の情やしがらみが、もっと強く出てきたと思う。せっかくこれだけの役者がいるのに、通り一遍の芝居で間に合わせてしまったのが残念です。もちろん現在の映画でも、必要最小限のことはきちんと伝えている。でもこの役者たちの魅力を最大限に生かせられれば、もっと骨太の映画になっていたと思うのです。

 ラストシーンは物足りなかった。あそこは段取り芝居でもパターン通りでもいいから、デボラ・カラ・アンガーの顔をもう一度見せておくべきでしょう。ティム・ロスの身柄がどんな扱いになったのかも、一言補足説明すべきです。最初の場面が刑務所からの出所だから、それと対になる警察署の場面を入れれば解決なのに……。

(原題:NO WAY HOME)



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