D坂の殺人事件

1998/01/27 東映第1試写室
江戸川乱歩の原作を『屋根裏の散歩者』の実相寺昭雄が映画化。
びっくりするぐらい素晴らしい出来の映画です。by K. Hattori



 江戸川乱歩の原作を、実相寺昭雄監督が映画化。90分という上映時間は、最近の映画として決して長い方ではないが、映画を観終わった後の充実感は、3時間の大作に匹敵する。無駄な贅肉のない引き締まった肉体のような精悍さ。動作に遊びや冗長さのない優雅さ。そして、フィルムのひとコマひとコマから匂い立つようなエロティシズム。これは描かれている内容がエロだから「エロティシズム」を感じさせるわけではない。そこに映し出される光と影のバランス、濃厚な芝居の密度、人間の心の底を一瞬につかみ出してみせる様子などが、エロティックでたまらないのだ。

 脚本は『エヴァンゲリオン』や『ラブ&ポップ』も書いた薩川昭夫だが、彼は以前にも実相寺監督と乱歩作品『屋根裏の散歩者』で仕事をしている。(ちなみに、同時期に映画化された『押繪と旅する男』も薩川脚本。)僕は『屋根裏の散歩者』を映画では観ていないのだが、「シナリオ」誌で脚本だけは読んでいる。犯人役が三上博史、明智小五郎役が嶋田久作だった。前半は犯人の一人称に近い筋運びで、犯罪そのものが一段落すると明智小五郎が登場する。これは前作も今回の映画も同じ構成になっている。今回の犯人役は真田広之。美術品の贋作家として、ひたすら贋物作りにのめり込み、それが高じて殺人にまで至る男を演じていますが、彼のどことなくナルシスティックな面がうまく引き出されていて異様な迫力を生んでいます。『リング』も良かったけど、この映画はそれ以上だと思いました。

 推理劇そのものは、別にたいしたことありません。犯人は最初からわかっているし、手口も観客の前に明らかにされている。この映画の明智小五郎は、名探偵として犯人を名指しすることより、犯人の心の写し鏡として、犯人の心を代弁し、我々が持っている言葉に翻訳する役目を担っている。ところが今回、ナルシストである犯人の気持ちが、容貌怪異な嶋田小五郎にはわからない。そこで登場するのが、三輪ひとみ演ずる小林少年というわけです。女性が少年を演じるという倒錯を、さらにひっくり返してみせるラストシーンは、ちょっとショックでした。それまで一言も台詞のない小林少年が、「僕には犯人の気持ちがわかります!」と言ってアレだもんね。これはぜひとも、更なる続編を作っていただきたい!

 『帝都物語』で昭和初期の東京の街並みを再現した実相寺監督は、今回もあっと驚くような方法で、東京の街並みを完璧に再現してみせる。この方法がじつに新鮮です。ペーパークラフトで作り上げた町に、紙細工の人を配置したり、電車を走らせたり……。そこに実際の情景音をかぶせるだけなんですが、観ているうちに、そこに紛れもない実際の街並みがリアルに感じられ、道行く人たちの足音や話し声が聞こえてくるような気になってくる。このアイデアを成立させているのは、他の場面と紙細工の場面で、映像のトーンが揃っているからです。池辺晋一郎の音楽も、素晴らしかったと思います。


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