ゲット・オン・ザ・バス

1998/01/12 ソニー映画試写室
黒人たちが1台のバスで首都ワシントンを目指すロードムービー。
1996年に製作されたスパイク・リー監督作品。by K. Hattori



 一時はあれほど持てはやされたスパイク・リーなのに、最近はちょっと低調じゃないか? この映画は彼が『ガール6』の直後にコロンビア映画で取った作品ですが、日本では「ソニー・ピクチャーズ提供/アップリンク配給」という扱いで、BOX東中野で公開されます。公開されなかっただけマシなのかもしれませんが、かつて『マルコムX』のような大作映画を撮っていた人だけに、このように小さな映画に閉じこもって行くのは寂しい気もします。僕は彼の映画を全部観たわけではないけれど、最近の『クロッカーズ』なんて、いい映画だと思うんだけどなぁ。さんざん政治メッセージを前面に出して、黒人映画界のリーダーシップをとっていた面影は今いずこだな……。

 スパイク・リーが低迷している理由というのは、じつはすごく単純なことなんだと思う。彼の映画はもともと黒人観客をメインターゲットにしたブラック・ムービーで、描かれているテーマも、黒人からの白人中心社会に対する告発という色彩が強かった。ところがこうした「黒人VS白人」という対立項が、『マルコムX』以降急速に解体して行くのです。彼の感心は、黒人社会とそれを取り巻く対立から、黒人社会内部の矛盾に向けられて行く。これはスパイク・リーという映画作家が、自分自身のテーマを掘り下げていった結果なのですが、そうしたテーマの深化が、映画の構造を複雑にしてしまった。

 その最たるものが『クロッカーズ』です。この映画に描かれているのは「黒人少年たちの健全な発育を阻む黒人社会の矛盾」であり、それを打ち破って主人公の少年を救済するのは白人刑事なのです。こうした映画を作るのは、スパイク・リー自身の精一杯の誠意の現われなのでしょうが、これを一般的な黒人映画の観客がすんなりと受け入れられるとは思わない。彼がやっていることは、黒人社会からの「内部告発」に近いものです。

 でもって、『ゲット・オン・ザ・バス』です。この映画は、1995年に首都ワシントンで行われた黒人男性100万人の大行進に参加するため、1台のバスに乗り込んだ黒人たちの旅を描くロードムービーです。バスでの旅は3日間。ゲイのカップル、60年代のブラックムーブメントに乗り遅れた老人、映画学校の生徒、警察官、元ストリートギャング、手錠でつながれた父子などが、それぞれの人生の断片を披露して行く様子は、きわめてオーソドックスな作り。ザラついた画像や荒っぽい編集がドキュメンタリー映画のような効果を生み出しています。物語が全体にすごく生々しいのです。

 ただしこうした「生々しさ」を優先するあまり、物語の骨格がやや弱くなったような気もします。クライマックスで見せる病院と集会のカットバックがあまり成功しておらず、物語が中途半端に途切れてしまったような印象です。軸になるエピソードをもう少し育てた方が、物語としてのまとまりが出たと思います。もっとも、こうした中心不在が、今回の狙いなんでしょうけどね。


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