世界の始まりへの旅

1997/12/11 シネセゾン試写室
映画監督と俳優たちがたどる、自分自身のルーツを探す旅の顛末。
マルチェロ・マストロヤンニの遺作となった映画。by K. Hattori



 マルチェロ・マストロヤンニの正真正銘の遺作となった作品。監督はポルトガルの巨匠、マノエル・デ・オリヴェイラ。マストロヤンニが演じているのは、役名マノエルという映画監督で、この役柄には監督オリヴェイラ自身が投影されている。オリヴェイラは1908年生まれで、この映画の撮影中は88歳。1924年生まれのマストロヤンニは、この時71歳だったはず。決して若すぎる死ではないが、この映画を観る限り、衰えたところは微塵もない元気溌剌ぶり。オリヴェイラ監督も、まさか16歳も年下のマストロヤンニが、こんなに簡単に死んでしまうとは思っていなかったでしょうに……。

 映画監督と俳優たちが、撮影の合間に1台の車に乗ってドライブをする、一種のロードムービーです。テーマになっているのは「世界の始まり」を探す旅。より具体的に言えば、自分の幼い頃の思い出や、自分自身のルーツを探す旅です。監督のマノエルは、旅を通じて自分の少年時代の記憶を鮮明に蘇えらせる。同乗のフランス人俳優アフォンソは、父の生まれ故郷に対する痛切な郷愁を感じはじめる。アフォンソは父の故郷を訪ねて伯母と対面し、自分自身の中に流れている一族の血を再確認します。ここで物語は一瞬にして時空を超えてしまう。超常現象が起るわけではありません。遠く離れ離れに暮らしていた伯母と甥が対面し、互いの体に流れている血の同一性を確認した瞬間、数十年という時と数千キロの距離は消滅し、二人は共に抱き合うのです。これほど不思議で感動的な話があるものでしょうか……。

 じつはこのアフォンソという俳優にはモデルがいるそうです。この旅と同じような旅も、実際にあったらしい。そこにオリヴェイラ監督が同行していたわけではないようですが、人づてに聞いたこの話に感激した監督が、自分自身の記憶と組み合わせてこの映画を作り出した。ポルトガルの貧しい村からスペインを越え、フランスに渡って実業家になったマヌエル・アフォンソ。監督マノエル・デ・オリヴェイラと同じ「マヌエル=マノエル」という名前の男は、パリで結婚して家庭を持ったが、子供たちにはポルトガル語を教えなかった。言葉の断絶が、息子たちと父親たちを切り離す。しかしそれが「マヌエル=マノエル」という名前で結びつき、ひとつの旅につながって行く不思議さ。

 この映画には「映画の監督であるマノエル・デ・オリヴェイラ」「映画の主人公である映画監督マノエル」「映画に運転主役で登場するマノエル・デ・オリヴェイラ」「フランス人俳優アフォンソの父マヌエル」という多数の「マヌエル=マノエル」が登場する。この映画のモデルになったのが誰であれ、この映画はオリヴェイラ監督自身の想いが強く投影されたものなのでしょう。

 車中での会話シーンが多いのですが、頻繁にカメラを切り返しながらじつにリズミカルな会話を組み立てて行く。そのおかげで、会話がじつに生き生きしています。手間のかかる撮影でしょうが、たいしたものです。


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