ブレイブ

1997/12/08 徳間ホール
ジョニー・デップの初監督作品は、主演映画『デッドマン』の焼き直し。
マイナーな映画でしかも演出が拙い。力不足です。by K. Hattori



 今年は映画俳優の初監督作品を観る機会が多いが、これはジョニー・デップの初監督作品。ケヴィン・スペイシーの『ホワイト・アリゲーター』やゲイリー・オールドマンの『ニル・バイ・マウス』と違って自ら主演しているから、デップのファンには嬉しい映画だろう。ただし内容面に関して言えば、僕はまったく感心するところがなかった。死を目前に控えたインディアンの男という役柄は、ジム・ジャームッシュ監督作『デッドマン』でデップ自身が演じた役の焼き直しに見えるのだ。マーロン・ブランドがゲスト出演しているが、これも本当のゲスト出演のくせに、やたら大物ぶった様子が鼻についてします。デップ本人は尊敬する大物俳優を自分の映画に招くことができて嬉しいのかもしれないが、観客にはそんなこと関係ないもんね。ふたりの共演作としては、『ドン・ファン』の方が圧倒的に面白かった。

 物語の背景にあるのは、現代アメリカで様々な差別的待遇に置かれ、社会の中心部から追いやられているアメリカ先住民たちの現状です。デップ演ずる主人公ラファエルも、妻と二人の子供がありながら、定職を持たず、ただブラブラしている。貧しさがある一定の水準を超えてしまうと、そこからまともな職に就く道は閉ざされてしまうのです。貧しい者たちは貧しい者たち同士が寄り添って、ゴミ溜めの中のスラムで暮らしている。現金収入を得るために、時々ケチな窃盗を繰り返しては、刑務所と家とを行ったり来たりしている暮らし。ラファエル自身、そこから抜け出そうとしても、どうしていいのかわからない。ただ家族のために、何かしなければという気持ちだけはある。でもどうすればいいのか?

 新人監督ジョニー・デップは、主人公の生活のディテールをうまく演出できていない。セットはそれなりに作られていますが、生活の臭いがしないのです。貧しい生活にウンザリし、何とかそこから抜け出そうともがくことにさえ疲れてしまった主人公の姿に、僕は少しも感情移入できなかった。トレーラーハウスの貧しい生活を描いた映画は、例えば『依頼人』『ザ・クラフト』など何本かすぐに思い出すことが出来るけど、『ブレイブ』の生活描写はこれらの映画の足下にも及ばない。『依頼人』でメアリー・ルイーズ・パーカーが「ウォークイン・クローゼットのある家で暮らしたい」と言う台詞を聞いて観客がホロリとくるのは、それまでの暮らしぶりのディテールが皮膚感覚で観客の側に伝わっているからです。『ザ・クラフト』で本来悪役であるはずのファイルーザ・バルクに半ば同情してしまうのも、同じような生活の描写があったからでしょう。『ブレイブ』には、そうした点で重要な欠落があると思います。

 この物語は、必ずしもリアリズムの映画じゃない。ひとりの男が、悪魔に肉体を売り渡し、魂の自由を得るという、ある種のファンタジーであり寓話でしょう。こうした非日常に物語が飛翔するためには、日常描写をもっと丁寧にする必要があるんだけど……。イマイチでした。


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