不機嫌な果実

1997/10/17 松竹第1試写室
『失楽園』の脚本家筒井ともみが林真理子の不倫小説を脚色。
柳の下のドジョウ狙いかと思ったら、少し違った。by K. Hattori



 先日惜しくも亡くなった藤田敏八監督のための企画だったそうですが、藤田監督の病気のために監督が成瀬活雄にバトンタッチ。『愛について、東京』『写楽』『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』などで助監督を務めていた成瀬監督は、これが劇場映画デビュー作になりました。脚本が『失楽園』の筒井ともみで、内容は「不倫」なので、僕はてっきり松竹が「柳の下の二匹目のドジョウ」を狙ったのかと思いました。もともとは藤田監督向けに作られた企画・脚本ということであれば、ちょっと見方を変えなきゃいけないのかもしれません。実際に映画を観てみると、これは『失楽園』とはずいぶんテイストが違う映画になってます。少しコミカルなところもあったりして、僕は何度かクスクス笑ってしまいました。

 結婚して6年目の主人公・水越麻也子は、夫との関係に満たされず、別の男との「不倫」に走ります。その様子を皮肉めいたユーモアたっぷりに描いています。登場人物の造形やエピソードには、思わずニヤリとさせられるところが多いのですが、映画のテンポがやや間延びして感じられるため、大きな笑いには結びついていないのが残念。ベッドシーンになると、「きれいに撮ろう」という以外の工夫がほとんど見られないのも物足りない。ベッドシーンでこそ、もっと笑いを取る努力をしてほしかった。そうすれば、この映画はそこそこ楽しめるセックス・コメディの佳作になったでしょう。出来あがっている映画も悪くはないけど、物語が含んでいる「毒」は、こぎれいにまとめた演出で中和されてしまった。

 この映画は、『失楽園』に触発された人妻の「不倫願望」を、大いに皮肉った映画だと考えることも出来る。扱っている内容は同じ「不倫」だけど、その中身は『失楽園』とは180度逆の方向を向いています。ここで描かれているラヴアフェアは、大人同士の打算に裏打ちされた恋愛遊戯で、『失楽園』が描こうとしていた高尚な「究極の愛」などは存在しない。結婚と不倫にまつわる、家族のドロドロした愛憎関係はすっぱりと切り捨てられているし、主人公は最後に心中など決して考えない。そもそも、彼女は情事の相手を愛してなどいないのです。平凡な日常生活に倦み、そこから脱出するための手段として「不倫」している主人公の姿は、とても不純で、滑稽で、間抜けなものにさえ見える。この映画は最初から、不倫の「みっともなさ」を描こうとしているのでしょう。

 会社の金で主人公と不倫し、その清算を別の愛人にやらせている根津甚八。高等遊民志望の鈴木一真。謎の美女、鷲尾いさ子など、主人公をとりまくキャラクターの面白さ。主人公を演じた南果歩もはまり役だし、夫役の美木良介もぴったりと役になじんでいます。でも、なぜか物足りないのはなぜだろう。やはり監督交代劇は影響が大きかったのだろうか。

 音楽が「J・S・バッハ」とクレジットされていましたが、バッハが使われていたのは全体の半分以下。このあたりはもっと徹底してほしいなぁ……。


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