死にたいほどの夜

1997/10/08 KSS試写室
小説「路上」のモデルになったニール・キャサディの小さな夢をぶち壊し、
その後の彼の人生を決定づけた運命の夜を描く。by K. Hattori



 ビート世代の代表的作家ジャック・ケルアックと親交があり、彼の代表作「路上」に登場するディーン・モリアーティのモデルと言われる、ニール・キャサディの青年時代を描いた映画。ビート世代(ビート・ジェネレーション)というのは、1950年代のアメリカで規制の価値観に反旗を翻した作家性たちを指すそうで、ケルアック以外にも、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズなどが代表的な作家なんだそうです。僕はこのあたりに疎いので、ちっとも知りませんでした。この映画の主人公ニール・キャサディ本人は作家でも何でもない、肩書きのないただの男ですが、その行動で時代の象徴となった人物だそうな。作家スコット・フィッツジェラルドの妻ゼルダが、「失われた世代」の象徴になったのと同じようなものでしょうか。

 ここ何年かビート世代がリバイバル的に脚光を浴びているそうで、この映画もそんな動きの一環として作られたものでしょう。ケルアックの「路上」を映画化する話も、フランシス・コッポラ中心に進んでいるとかいないとか。僕は「路上」を読んだことがないんですが、この本って、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」と同じように、アメリカ人が一度は必ず読む古典的作品になっているんだそうです。ということはそのモデルになったニール・キャサディも、同じぐらいアメリカ人にとっては馴染みの人物だと言うことでしょうね。

 この映画の原作は、ニール・キャサディがケルアックに送った手紙だそうです。キャサディが放浪生活に入る前の生活ぶりと、放浪生活に入るきっかけになった一夜の出来事が描かれています。ニール・キャサディという人物やビート世代に関心がない僕でも、この映画はひとつの青春ドラマとしてなかなか見応えのある作品だと思いました。自分の人生の明確な目的が見つからぬまま、だらだらと日を送る主人公の姿は、どんな時代のどんな若者にも共通する「気分」を体現しているように思えるのです。その後の人生を決定的にした運命の夜、という話の置き所もドラマチックですし、当時の風俗や価値観のようなものが、映画の中できっちりと再現されているように見えるのも気に入りました。

 主人公ニール・キャサディを演じるトーマス・ジェーンは今後の注目株ですが、見どころは彼の悪友を演じるキアヌ・リーブスでしょう。ビリヤード場や酒場でナンパに精を出す憎めない男であり、運命の夜にキャサディを誘惑する悪魔のような役回りを演じる、重要なキャラクターです。その悪魔ぶりは、北野武の『キッズ・リターン』でモロ師岡が演じた先輩ボクサーを彷彿とさせるもの。本人もかなりノッて芝居をしているように見えますが、リーブスにはやっぱりメジャー作品の方が似合うような気がするけどなぁ。彼が登場すると場面がとたんに華やかになってしまって、映画のムードが少し損なわれるような気がします。場面をさらっちゃうんです。結局、リーブスは役者というよりスターなんだよね。


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