ハーヴェイ・ミルク

1997/09/18 東和映画試写室
70年代のサンフランシスコで活躍したゲイ活動家のドキュメンタリー。
そんじょそこらの劇映画よりよほど面白く、感動的。by K. Hattori



 1978年11月27日、サンフランシスコ市庁舎内で市長と共に殺害された市政執行委員、ハーヴェイ・ミルクの生涯を描いたドキュメンタリー映画。この映画は、1984年アカデミー賞最優秀長編記録映画賞を受賞している。原題は『The Times of Harvey Milk』。残されたスチル写真、当時のニュースフィルム、関係者のインタビューなどで人物を綴る手法はアメリカン・ドキュメンタリーの定番だが、そこから人物の属していた時代そのものを浮かび上がらせてくる様子は見事。

 映画はハーヴェイ・ミルク暗殺直後の記者会見から始まり、ミルクの生い立ちや政治活動や暗殺に至る道のりを追い、映画冒頭と同じ記者会見の映像を再度提示して、その後の様子まで描いて行く。時間の流れを「A→B→C」とした場合、映画の冒頭にいきなり「B」を持ってきて、そこから「A→B→C」と語って行く構成は、いろんな映画で採用されているパターンです。伝記物や人物伝などで「年老いた主人公が若き日の自分自身を語る」といったパターンが採られることもありますし、サスペンス映画で使われても抜群の効果を生むことがあります。例えば、前者としては『プリティ・リーグ』『チャーリー』などがそうですし、後者としては『バウンド』が戦慄すべき効果を生み出していました。『ハーヴェイ・ミルク』はそれに負けないぐらいのショックとインパクトを、観る者に与えるはずです。

 ハーヴェイ・ミルクはゲイの活動家として地域のコミュニティで活躍し、そこから市政に参加していった人物です。彼の活動はゲイの権利擁護や権利獲得にとどまらず、少数民族や女性、障害者など、ゲイ以外のマイノリティの人権を守る運動へとつながりを持っていました。彼の支援者の中にはゲイ以外の人たちも大勢います。映画の中では何人かがカメラの前でインタビューに答えていますが、その中にはゲイの人もいるし、そうでない人もいる。初老の労組職員が自分とミルクの関係を語る中で「はじめはなぜ労組がゲイの候補者を支援しなければならないのか疑問に思った。オカマに投票することに抵抗を感じていた」と正直に告白しながら、最後にはそうした偏見を克服し、ミルクの死を心から悼んでいる様子は感動的。このくだりで、僕は思わずホロリときてしまいました。映画の中でもっとも感動的な部分でしょう。

 1時間半ほどの映画ですが、ミルクの活動と死は前半の1時間ほどで語られます。残り30分は、ミルクを殺した犯人の裁判を通して、アメリカの社会に根深く残るゲイに対する反発心や差別の問題を掘り下げて行く。ミルクと市長を殺した犯人に対する不当に軽い評決に、町の人たちは暴動という形で応える。ミルクの死を静かに厳粛な気持ちで受け入れた人たちが、司法の不当な裁きに我を忘れて怒り狂う。映画を観ているこちらまで、彼らと怒りを共有し、怒りの矛先をどこに向けていいのか戸惑う場面でした。映画の最後にこの問題に対するひとつの決着が描かれていたのが、わずかな救いでした。


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