kitchen
キッチン

1997/08/27 シネセゾン試写室
吉本ばななの原作を香港で映画化。物語は見事に原作通り。
主演は富田靖子とチャン・シウチョン。by K. Hattori



 吉本ばななの同名小説を、富田靖子とチャン・シウチョン主演で映画化。共演はロー・ガーイェン、カレン・モク。脚本・監督は『息子の告発』のイム・ホー。ゴールデンハーベストとアミューズが共同で製作する日香合作映画ですが、内容は香港が舞台の香港映画です。当然、富田靖子の台詞は全部広東語に吹替ですが、唇の動きを見ていると台詞とぴったり合っていますから、発音はともかくとして、一通りの稽古はしたみたいです。彼女は『南京の基督』に続いて、これが香港映画2作目。この後もコンスタントに仕事があるようなら、むしろ香港に仕事場をシフトして行くことも考えられますね。

 原作小説『キッチン』は、日本でも森田芳光監督によって映画化されています。森田版の『キッチン』には原作ファンからの賛否両論がありましたが、僕はわりと好きな映画です。生活感のない透明な雰囲気の映画で、主演の川原亜矢子と松田ケイジが、ふわふわとしたファンタジックなムードを出してました。僕は特に吉本ばななのファンというわけではないのですが、森田版の映画を観て物足りなかったのは、原作でクライマックスに用意されている「カツ丼」のエピソードが、映画から完全に抜け落ちていることでした。確かに、森田版のあの作風の中にカツ丼は不似合いですから、これはこれで仕方のないことなのでしょう。しかし、僕は原作の中であの場面が一番好きだったので、これは残念でならなかった。

 今回の香港版には、このカツ丼のエピソードがきちんと盛り込まれています。もちろん舞台は香港ですから、物はカツ丼からイタリアンポークにかわってる。でもやっていることは、まるっきり原作のカツ丼と同じです。彼の泊まっている宿にタクシーで乗り付け、深夜に窓から侵入しようとするのも同じ。香港におけるイタリアンポークが、日本におけるカツ丼と同じような位置づけなのかどうかは疑問ですが、それはまぁよしとしましょう。そんなことより、僕はこの場面を見て「やっぱりあの場面が好きな人は多いのだな」と改めて思ったのです。僕はこれを勝手に「カツ丼の復活」と名づけている。

 物語の流れはほぼ原作通りですが、物語の語り手は富田靖子の側ではなく、チャン・シウチョン側になっている。こうしたことで、この映画が少女の物語ではなく、少年の物語になっているのが、原作との大きな相違でしょう。(ちなみに森田版は少女の物語になっていた。)原作のファンは、舞台が香港になっているということ以上に、こうした点に違和感を感じるかもしれません。

 そもそも僕は『キッチン』の原作を面白いと思わなかったので、この物語がなぜこうも広範囲な層に受けているのか、その理由がよくわからない。嫌いじゃないんだけど、物語の骨組みがよく見えなくて、とらえどころのないクラゲのような浮遊感だけが印象に残ります。きれいはきれいなんですけどね。この映画でもそれは同じです。美術セットなどは、香港映画にしては小奇麗にできていて、CFのようなきれいな映像。それだけです。


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