ニコ・イコン

1997/07/25 ユニジャパン試写室
モデル、女優、ミュージシャンとして活躍したニコのドキュメンタリー。
関係者の証言を丹念に取材した監督に脱帽。by K. Hattori



 1960年代から80年代にかけて、モデル、女優、歌手として活躍し、1988年に49歳で死んだ、ニコと名乗る女性を取材したドキュメンタリー。ひとりの人間の生涯を、親戚や仕事仲間、友人、恋人などに語らせるドキュメンタリーの手法は、欧米ではすっかり完成しているスタイルです。異なる複数の視点から人物を描くことで、人物が立体的に浮かび上がってくる。我が家には『想い出のジョージ・ガーシュイン』と『ユーアー・ザ・トップ/ザ・コール・ポーター・ストーリー』という、同じような手法で作られたドキュメンタリーのLDがあります。対象となった人物の生き方をダシに「人生の教訓」や「50文字に要約できる人生の意味」をしたり顔で解説する関口宏的人物が登場しないだけでも、『ニコ・イコン』という映画には好感が持てました。

 1995年製作のドイツ映画です。製作には3年かかったと言いますから、ニコ本人が死んでから、ほんの数年後から撮影が始まっていることがわかります。多くの男たちにとって、自分自身の「運命の女」になったニコの思い出を語ることは、相当の痛みを伴うことだったと思う。ニコと深い関わりを持ちながら、映画に登場しない人も多いのですが、それがまた、その人にとっての「ニコ体験」を浮き彫りにするようで面白いと思いました。気安く証言する人たちも、言葉とは裏腹に、自分の本当の気持ちを押し殺しているようにも見えます。

 映画の中でもっとも衝撃的な証言は、アラン・ドロンの実母の語るものでしょう。彼女は自分の息子とニコとの間にできた子供を引き取って育てたことで、息子ドロンと絶縁状態になってしまった。ニコの産んだドロンの息子アリは、映画の最後に登場して母親の思い出を語りますが、その風貌は父親ドロンにうりふたつでした。ドロンについては別の人がぼろくそにこき下ろしている場面があって、これはニコ関連の証言ではないのですがすごく面白かった。映画の本筋には関係ないこうした証言をまるまる残すあたりは、かなり意地悪ですよね。結局この映画にはドロン本人は登場していません。

 ニコという強烈な個性が、周辺の人たちの生活や心に残した痕跡を丹念に拾い集めることで、亡くなったニコその人に肉薄して行きます。それはあくまでも外面的なことで、ニコ本人の内面には決して触れようとしない。「知ってるつもり」的に、性急な結論を求める人にはまどろっこしい映画かもしれませんが、僕はとても面白く観ていました。クスリにおぼれた晩年の生活をことさら協調することもなく、彼女がもっとも輝いていた時代をていねいに紹介している姿勢にも好感を持ちます。

 この映画に描かれている時代や人物やカルチャーは、僕自身とはあまり接点のないものばかり。どうしてもドキュメンタリーとしての手法にばかり目が行ってしまった。例えば「ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが好き!」とか「ルー・リードのファンです!」という人が観ればもっと面白い映画だと思います。


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