フェイク

1997/06/12 日劇プラザ
(完成披露試写会)
アル・パチーノ扮する落ちこぼれやくざの矜持がこの映画の命。
彼の最後を見て涙を流すだけでも価値がある。by K. Hattori



 東宝東和のこの秋イチオシ作品だそうです。主演は『エド・ウッド』『デッド・マン』のジョニー・デップと、『ヒート』『訣別の街』のアル・パチーノ。デップ扮するFBIの覆面捜査官がマフィアの組織に潜入し、そこで捜査官としての任務と、パチーノ演ずる中年ギャング、レフティの友情との間で引き裂かれて行く人間ドラマです。原題の「DONNIE BRASCO」というのは、覆面捜査官が騙るギャングとしての仮の名前。命懸けの覆面捜査の中で、捜査官ジョセフ・ピストーネがドニー・ブラスコを演じているのか、チンピラヤクザのドニー・ブラスコがFBIに協力しているのかわからなくなってくる過程が面白い。架空の人物であるはずのドニー・ブラスコが一人歩きしはじめるのを、ピストーネの家族も、FBIの他の捜査官たちも、演じているピストーネ自身も止められなくなる。初めからギャングたちを裏切るべく潜入した捜査官が、ギャングたちから信頼され、その信頼に応えようとしはじめるジレンマがドラマの核だ。

 この物語は、1970年代、ニューヨークのボナーノ・ファミリーに潜入した捜査官の手記を原作にした実録ものだ。70年代半ばにファミリーに接触し、82年に覆面捜査を終えるまで、ジョセフ・D・ピストーネは宝石商ドニー・ブラスコとして地元警察のブラックリストに載るほどの顔役になっていた。彼の捜査と証言によって起訴された件数は200件。その内100件以上が有罪判決を受けている。マフィアはファミリーの全力を挙げて、裏切り者ピストーネの暗殺を指示。彼の首には今なお50万ドルの懸賞金がかかっているという。現在彼はFBI保護下で、家族と共に名前を変えて暮らしているという。ジョセフ・ピストーネの書いた原作「フェイク――マフィアをはめた男」は落合信彦訳で集英社文庫から出版されているそうなので、興味のある方はそちらを読んでみるのもいいでしょう。でも「落合信彦」と聞いただけで、この原作にある種のイカガワシサを感じてしまうのは僕だけだろうか……。

 ジョニー・デップが主人公ドニー・ブラスコ(ジョセフ・ピストーネ)を演じている映画ですが、物語の中心になるのはレフティことアル・パチーノの存在感あふれる芝居でしょう。パチーノは『天国の約束』の腑抜け芝居を忘れさせてくれる熱演です。この人はやっぱりチンピラヤクザが似合う人だ。組織の出世街道から外され、うだつの上がらないチンピラ生活を余儀なくされている男が、組織の掟とヤクザとしての矜持の間で自滅して行く様子が、なんとも美しく歌い上げられてます。すべてが終った後、家族に無言のメッセージを残してひとり部屋を出て行く様子には、思わず涙が出ました。レフティ役のパチーノがいなければ、この映画は安っぽいマフィア映画でしかありません。

 マイケル・マドセン、ブルーノ・カービー、ジェームズ・ルッソなど、脇役も充実。僕としてはピストーネの妻アン・ヘッシュにもう少し活躍して欲しかった。


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