東京夜曲

1997/06/10 松竹第一試写室
市川準監督最新作は、長塚京三主演の中年ラブストーリー。
完成された市川節を堪能できる1本。by K. Hattori



 主演が長塚京三と聞いて「またか……」と思う映画ファンは多いはず。役所広司もそうだけど、日本の映画界ってのはどうして特定の役者に主演作が集中するんでしょうか。長塚は『恋と花火と観覧車』『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』があって、今回の『東京夜曲』。『瀬戸内〜』は『うなぎ』の併映作品としてまだしばらく上映が続きそうですから、21日から公開される『東京夜曲』と、同じ松竹系で2本の長塚の主演作品が同時期公開されることになる。彼はいい役者だと思いますけど、同じ時期に2本の主演作が同時公開されるほどの華がある俳優とも思えないんだけどなぁ……。同時期に出演作が重なるといえば、この『東京夜曲』で長塚の妻を演じている倍賞美津子も『うなぎ』に出演している。ま、こちらは「たまたま」って感じですけどね。

 以上の前振りは、「だからこの映画はつまらない」という意味ではなくてその反対のことが言いたくて書いている。長塚主演の過去2作『恋と花火と観覧車』と『瀬戸内ムーンライト・セレナーデ』は、正直言ってどちらもあまりいい出来の映画だとは思えない。でもこの『東京夜曲』はいいです。素晴らしいです。昨年『トキワ荘の青春』を撮った市川準監督が、東京郊外の風景を背景に、大人の恋の物語を描いています。風景の描写は前々作『東京兄妹』に通じるものがあるかもしれません。たぶん市川監督の作品としては、『東京兄妹』『トキワ荘の青春』『東京夜曲』で「東京三部作」のような位置づけになるんだと思います。『東京兄妹』は東京で生まれ育った兄妹の姿を描き、『トキワ荘の青春』では地方から東京に集まってくる若者たちを描き、『東京夜曲』では東京から脱出して行く大人を描いています。

 長塚京三主演で中年男の恋心を描いた映画としては、『恋と花火と観覧車』なんかの何倍も説得力のある映画になっています。青春時代のそれおぞれの恋心をずっとひきずりながら中年になった男と女が、表面的には平穏な日常の中で生きている。互いの気持ちを口に出して言うことはないけれど、胸の中で気持ちがふくらんでふくらんで、ついにほとばしり出る瞬間にドラマがある。桃井かおりが長塚に「お茶漬け食べていかない?」と呼びかける瞬間の緊張感。そんな桃井を、まっすぐに見詰めかえす長塚の視線。エロチックだよね。

 物語の背景や人間関係を解剖する観察者として、上川隆也演ずる若い男を配したのは正解だったのかどうか。映画の中では唯一、この男の役割が中途半端だったようにも思える。他の人物は全員が、はまるべき場所にぴたりと納まって見えるんですが、彼だけがどことなく浮き上がっているのですね。人間の成長や変化をあからさまに描かないのは市川準監督の映画の常ですが、もう少しどこかに動きのある人物を配した方が、映画の語り口もなめらかになってくると思うんだけど……。新しい血を映画の中に入れようとしたものの、従来通りの市川節に、それが負けているような気がします。


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