ペダル・ドゥース

1997/05/10 銀座ガスホール
ゲイの男とゲイクラブを経営する女性の恋を描くフランス映画。
当然、物語も一筋縄ではいきません。by K. Hattori



 人物像や配置を飲み込むのに、映画が始まってから1時間以上かかってしまった。よくわからなかったのは、ゲイクラブのオーナーであるエヴァが正真正銘の女なのか、それとも女装した男性なのかという点で悩んだこと。次いで、エヴァと親友アドリアンの関係が、いまひとつ不明確だったこと。映画を観ていればいずれ全体像が明らかになるのですが、こうしたことは最初にきちんと説明しておいてほしい。こうした部分って、フランスの観客には自明の事柄なのかなぁ。わからなかったのって、僕だけなのかなぁ。僕はずっと「エヴァは男だ」と思っていたので、彼女が頭取に「君はレズかね」と聞かれて「男専門よ」と答えた部分がへんにおかしかったんですけど、ここにそうした特別な意味はないんですね。

 エヴァとアドリアンの人物像がすっかり飲み込めた時点で、それまでのエピソードを思い返してみると、「ああなるほど」と思う部分がいくつもあった。エヴァがなぜゲイクラブでオカマたちに囲まれて仕事をしているのか。恋人らしい恋人はおろか、同性の友達もいない理由はなにか。そんなことが何となくわかってくると、彼女の孤独やデリケートさ、アドリアンとの腐れ縁の重要さなどにすんなりと得心できる。

 ゲイを描いた映画は多くて、僕のような人間は、映画を通じてゲイの世界を知ることも多い。今回登場したアドリアンという男は、男性としかセックスできないけど、女性であるエヴァを心から愛している人物。エヴァに恋人ができそうになると、遠まわしに邪魔したりする焼きもち焼き。最後はゲイのまま、エヴァと結婚して子供まで生まれてしまうという、なかなか幸せな男です。アドリアンがエヴァに向って「僕と君の間の子供がほしい。かくなる上は人工受精で」と提案する場面は、すごくおかしくて、すごく切実な会話になってました。

 物語自体は、堅物の銀行頭取がゲイクラブの女性オーナーに惚れて……という、パターンどおりのもの。そのまますんなりハッピーエンドに向わないのが、いかにもフランス映画ですが、少しずつねじれながらも無事収まるべきところに収まるのは見事です。同性愛者に偏見を持っていた頭取が、取引先の担当者や部下がゲイだったことにショックを受けるとか、ゲイクラブに出向いた頭取を奥さんが見つけて、自分の亭主がゲイではないかと心配するなど、定番ながらツボにはまったギャグで大いに笑わせてくれます。ゲイクラブから戻った頭取と奥さんが交わす会話の取り違えギャグなど、なかなか考えてあります。互いが真剣なだけに面白いよね。

 ゲイとストレートの世界を道徳的な上下関係にせず、生き方の違う水平的なものとして描いているところに、フランス人の同性愛に対する認識の成熟を見た気がします。リシャール・ベリ演ずる頭取が、どんどんゲイ社会にのめり込む様子を、堕落ではなく、世界の広がりとして描いていた。これに比べると、ハリウッドは10年遅れてる。『バード・ケージ』のセンスなんて古すぎる。


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