ひみつの花園

1997/03/22 シネマ・カリテ3
お金目当てなのに不純さを感じさせない主人公のキャラクターが見事。
主人公がどんどん自己改造するポジティブコメディ。by K. Hattori



 『裸足のピクニック』の矢口史靖監督が、またまた面白い映画を作ってくれました。お金にしか興味のない主人公が、樹海に消えた5億円の現金を目指して一心不乱に突っ走るコメディです。『裸足のピクニック』ほどブラックなところはないのですが、相変わらずとぼけた味わいで大いに笑わせてくれます。今回は、主人公の造形が出色。鈴木咲子は子供の頃から「お金」が好きで、貯まったお金を数えてはニヤニヤ、貯金通帳の残高をながめてはニヤニヤしているような性格。徹底的に金に執着する彼女がそれでも嫌らしく見えないのは、彼女が愛するのは純粋に「お金」であって、それが意味する経済性や権威には執着がないからです。

 咲子はお金を愛しながら、一方でまったく経済感覚のない女です。だから貯めたお金を、知らない間に使い果たしていたりするし、妹に「50万円ぽっちのはした金」をせびったりします。彼女にとって5億円というお金は、「とにかくたくさんのお金」という意味しかない。5億円で何をしようとか、何を買おうとか、そういった欲はないのです。お金の持っているいかがわしさや生臭さと無縁に、ただひたすら物や記号としての「お金」の獲得を目指す咲子の姿は、むしろ爽やかだったりします。

 銀行強盗に拉致された咲子が5億円入りのトランクごと川下りをする場面の、なんとも素朴な撮影が楽しい。いかにも「只今人形を流しております!」といったチャチな絵になっているんだけど、ここをへんにスタント撮影なんかすると、描写が凄惨になってしまってだめなんでしょうね。ここは観客に対して命懸けのスリルを味わってもらう場面じゃないですから、これで正解でしょう。

 こうしたマンガチックな描写と、登場人物たちのへんにリアルな会話のギャップがこの映画の魅力です。主人公の家族も、咲子以外は極めてまともな、ごく普通の人々として描かれています。咲子に付き合って樹海までドライブする場面や、咲子が突然大学進学を決めたときの食卓の様子など、きちんとホームドラマの風景になってますよね。今どきこんなにまともな家族の風景が描ける監督は貴重です。そして、こうしたまともな家族の風景から、一足飛びに非日常へと逸脱させてしまう監督の趣味に、呆れ返りつつ、ついつい笑ってしまいます。

 主人公が樹海探索の専門知識を得るため大学に入学し直したり、車の免許を取ったり、スキューバや水泳を習ったり、ロッククライミングの技術を習得したりする後半は、じつにテンポがいい。特に数々の大会で賞金を稼ぎまくる場面は、観ているこちらまでワクワクしてきました。彼女の行動が周囲の人たちを少しずつ感化し、元気ややる気を伝播させて行きますが、本人はそんな影響もどこ吹く風。この「私には関係ございません」といった風情がまた格好いいんです。新しいヒロイン像の誕生と言ってもいいでしょう。

 ただ、最後のオチにやっぱりパンチがないんだよな。それまでのパワーに比べると、ちょっとおとなし過ぎる。


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