エスケープ・フロム・L.A.

1997/02/09 文芸坐
『ニューヨーク1997』の続編は、スタッフもキャストも前作通り。
カート・ラッセルが主演しているだけで全て許す! by K. Hattori



 言わずと知れた『ニューヨーク1997』16年ぶりの続編。監督のジョン・カーペンター、主演のカート・ラッセル、製作のデブラ・ヒルまで、完全に前作と同じ顔ぶれ。ずいぶん前からカーペンターの企画として噂になっていた映画が現実になったわけですが、じつはカート・ラッセルが一番張り切っている。ハリウッドのスター俳優として功なり名を遂げた男が、好き好んでB級アクション映画の主役に返り咲きとは、嬉しいじゃないですか。この映画で、ラッセルは製作と脚本にも名を連ねている。ラッセルは『ニューヨーク1997』で売り出した俳優ですから、スネーク・プリスケンは彼の役者としての原点みたいなものなんでしょう。

 前作から16年たってますから、カート・ラッセルもすっかり中年の貫禄。札付きのならず者スネークを演じるには年取りすぎじゃないのかと心配しましたが、映画の中でもちゃんと16年たってるから、役作りでの心配は無用みたい。映画の中ではちゃんと16年前の大統領救出にも触れられてますし、時間の流れという意味で、一応の筋は通ってます。

 前作ではニューヨークが監獄島になっているという設定でしたが、今度はロサンゼルスが監獄島になってます。前作では首筋に小型の爆弾を埋め込まれたスネークが、時限装置の動作を解除することを条件に大統領救出の任務に就きましたが、今回はウィルスに感染させられたスネークが、解毒剤の提供を条件に大統領(前作とは別人)の娘が持ち出した国家防衛機密の奪還に赴きます。設定の強引さと作戦内容の進歩のなさは前作譲り。他の人が同じことをやれば「もっとアタマ使わんかい!」ということになりそうですが、これはオリジナルのメンバーが確信犯的に作っている映画なんでしょうね。

 とにかく内輪でワイワイ作ってる楽しさは、観客にもビンビン伝わってきます。大地震・大津波の場面や小型潜水艇のCG画面も、適度にチャチでかえって安心するのはなぜだろう。でも物語も場当たり的で、御都合主義で、調子がよすぎて、要するに適当なんですが、それが芸になっているかというとなってなくて、観客である僕は困ってしまった。やる気がないわけでも手抜きでもないんだけど、舞台がハリウッド周辺ということも含め、要するにこれって全部内輪の楽しみなんだよね。気心の知れたメンバーが集まったパーティーに、部外者としてひとりだけ放り込まれてしまったような、その場のノリに馴染めない疎外感を、僕は感じてしまうんだよな。

 映画に山場らしい山場がなくて、全編が不思議な躁状態でつながれてゆく。終盤のクライマックスも、単調で「へー、そうですか」という程度なんだよね。最後のオチも、いまいちヒネリと爽快感がないし……。

 こうなっていくと笑いながら映画を見ているしかないんだけど、ギャグなんだか本気なんだかわからないノリに戸惑うばかり。へんてこな移植外科医、津波でサーフィンとか、断片的なアイディアは面白いんだけどね。


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