すべてをあなたに

1997/02/05 イイノホール(試写会)
トム・ハンクスの監督デビュー作はとっても楽しい音楽映画。
邦題は「ザ・ワンダーズ」がよかったかも。by K. Hattori



 『フィラデルフィア』と『フォレスト・ガンプ/一期一会』でアカデミー主演男優賞を2年連続受賞した、現代を代表する俳優トム・ハンクスの監督デビュー作。田舎町でロックバンドを組んだ若者たちの姿を描いた、アメリカ版『青春デンデケデケデケ』みたいな物語。バンドが成功の頂点で空中分解してしまう様子は、アラン・パーカーの『ザ・コミットメンツ』にもちょっと似てる。要するに、音楽物の定番ストーリーです。

 もっともこの映画には、この手の映画につきものの「傷つきやすい青春」だの「若者の栄光と挫折」だの、そんな通り一遍の教訓めいた落ちはない。主人公たちのバンド「ザ・ワンダーズ」は、あれよあれよという間に全米チャート入りするまでの成功を収めるんだけど、バンドのメンバーたちはそんな成功に一方で酔いながら、一方で「これは一時のこと」という風に醒めてもいる。成功が気まぐれなもので、たまたま巡り合わせた僥倖だと感じている。音楽で一生食って行けるとは、もとより考えていない。だからこそ、彼らは成功の頂点でバンドを投げ出してしまっても、少しも後悔しないのです。

 例えば『ザ・コミットメンツ』という映画には、「音楽で成功して今の生活から抜け出すのだ」という悲壮感があった。音楽は生活を変えるための唯一の手段だから、そこに物語が集約して煮詰まってゆく。音楽で成功することに対して、とてもストイックだしハングリーです。

 『すべてをあなたに』の登場人物たちは、音楽で成功することを楽しんでいるけど、それにこだわってはいない。音楽よりむしろ、女の子を口説いたり、海兵隊に入隊する方が、自分にとって大きな意味を持つ行為なのです。彼らにとってバンド活動はあくまでも趣味の延長。価値観が多様化しているんだよね。彼らは60年代のアメリカという豊かな社会を背景にしているから、そういう余裕があるんです。それは映画のオープニングが、電化製品で溢れる電器屋から始まることでも見て取れる。

 音楽物の映画は演奏場面が命。どんなに話が面白くても、演奏場面が嘘っぽければ全部が白けてしまう。その点を、この映画では見事にクリア。卒業パーティーでヒット曲「That Thing You Do」が生み出される瞬間の高揚感。演奏しはじめたら止まらない舞台の雰囲気、ホールで次々と人が踊りだす場面の熱狂などが、じつに気持ちよく描けている。この後、レストランでの演奏や、大舞台での演奏を経て、最後はテレビショーで全国中継。演奏する曲はほとんど常に「That Thing You Do」1曲だけなんだけど、各場面ごとに見せ方に工夫があって、絶対に飽きさせない。これはすごいことですよ。

 バンドの成功物語に加え、若者たちの成長ドラマ、恋愛模様などを交錯させた見事な脚本は、トム・ハンクス自身の手によるもの。彼は挿入歌の何曲かも手がけているし、重要な脇役として出演もしている。まさにワンマンショー。主演のトム・エベレット・スコットもいいけど、紅一点のリブ・タイラーが光ってます。最高!


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