リチャードを探して

1996/12/22 シャンテ・シネ1
アル・パチーノの映画監督デビュー作はずいぶんと凝った作り。
シェイクスピア劇の解説としてはよくできている。by K. Hattori



 シェイクスピアの古典的な歴史劇「リチャード3世」をアル・パチーノが解説してくれる映画。舞台劇の単純な映画化ではなく、舞台劇の記録でもなく、劇を作る過程を見せるドキュメンタリーでもない。学者や俳優や街頭でのインタビューを通して、シェイクスピアに様々な角度から光を当て、新しいシェイクスピア理解を引きだそうという狙いだろうか。

 「リチャード3世」はそれなりに長い芝居なのだが、そこから主要なシーンやキーになる場面だけを抜き出して、劇全体を理解させようとしているのは親切この上ない。見せ方も映画の1シーンとして、リハーサル風景として、学者の解説として、台詞の朗読、台本の読み合わせ、稽古場での俳優同士のやり取り、ロケハン風景など、あらゆる工夫をしている。映画はドキュメンタリー風に展開するのだが、そこで映し出されている風景は「シェイクスピア劇を現代の観客にもわかりやすく解説する映画」を作る過程。つまりこの『リチャードを探して』という映画を作る過程を、『リチャードを探して』という映画自身の中で描いているわけだ。

 この入れ子状態は手法としては面白いのだが、どこまで行っても永久に完成品がないとい中途半端な印象を受けるのも事実。ここまで詳細に劇の解説をされてしまうと、アル・パチーノ演ずる「リチャード3世」を全部通しで見てみたいと思うではないか。アル・パチーノ、アレック・ボールドウィン、アイダン・クイン、ウィノナ・ライダー、ケビン・スペイシー、ペネロープ・アレン、ハリス・ユーリン、エステル・パーソンズ。こんな豪華な配役の歴史劇なんて、それだけで話題になりそう。

 「king Richard」から「Looking for Richard」に変化するオープニングからして洒落ていたんだけど、圧巻はやはりクライマックスで描かれるボスワースの戦いとリチャードの死でしょう。「馬をよこせ、王国をやろう」という台詞だけを前の方で聞かせておいて、最後にその場面を演じてみせるあたりはニクイはからい。

 この壮絶な戦死場面は、シェイクスピアの原作にほとんど何も描かれていない。台詞は「馬をよこせ」しかないんだから、戯曲としてはそれも当然の話。リチャードの死にっぷりは、演出家の解釈にまかされている部分です。この映画では、前後から矢で射られたリチャードが、敵将の振り下ろす刀を受け流すものの、そこから反撃する力はもはや残っていない。やがて力尽きて敵の前に倒れ、命を奪われるリチャード王。この場面は屋外のロケーションということもあって、なかなかの迫力です。

 稽古中の仲間がパチーノに、「この映画を通じて、俳優こそがシェイクスピアを最も深く理解していると証明しなければならない。あなたは誰よりもこの劇を理解している」と息巻く場面がありました。確かにそれが伝わってくる映画です。ところで、ヨーロッパ史劇の人物関係って、欧米人にもやっぱりわかりにくかったんですね。それを知ってちょっと安心。


ホームページ
ホームページへ