出世太閤記

1996/12/01 大井武蔵野館
嵐寛が木下藤吉郎、月形龍之介が織田信長を演じる時代劇。
墨俣築城までのエピソードがクライマックス。by K. Hattori



 竹中直人主演の大河ドラマ『秀吉』が好評のうちにフィナーレを迎えるようですが、こちらは嵐寛寿郎主演、昭和13年製作の日活映画です。太閤記と言っても、物語は藤吉郎(秀吉)が郷里を出奔してから野武士たちの群れに加わり、信長のもとに仕官し、城の補修工事の指揮で才覚を現し、妻をめとり、墨俣に城を築いてその主に収まるまでの前半生にスポットをあてています。この時期の秀吉はまさに「立身出世」を絵に描いたような人物です。田舎の百姓の子倅が一国一条の主になるという辺りで物語をとどめたこの映画は、万人向けに、文句のない面白さでしょう。この後の秀吉は「戦上手」な「政治的」人物へと、いささか生臭く変貌してゆきます。

 この映画の秀吉は、寡黙な努力の人です。はしっこさや抜け目の無さ、常人の思いもよらぬ大胆さは当然持ち合わせているのですが、そうした性格がありありと目にみえる陽気な人物ではなく、どちらかというと真面目一筋のおとなしい人物に見える。おとなしい顔をして、そのじつ内に秘めた闘志のようなものがフツフツとたぎっている様子を、アラカンはうまく表現しています。

 月形龍之介が、藤吉郎の主人である信長を演じています。青年君主と呼ぶにはいささかトウの立った信長ですが、月形の芝居が持つ瞬間的な爆発力が、信長の持つ殺気のようなものに重なって、これはなかなかのはまり役。桶狭間の戦いの前夜、もうこれで織田家も終わりかと城中が異様な静けさに包まれる中、お約束の「人間五十年……」を舞う月形信長。この後の展開を観客は全員知っているんだけど、知っていてもこれは面白い。これ以上ないというぐらいに引き絞られた弓のように、桶狭間へとはやる信長の気持ちが爆発寸前の緊張感を高めてゆく。それだけに、いざ出陣となった時のカタルシスが勝利への確信になるのです。実際の合戦シーンがなくても、信長の勝利に納得できる場面に仕上がっています。

 この映画最大の見所は、織田家の名だたる武将たちがなし得なかった墨俣の築城を、藤吉郎がいかにして成し遂げるかという描写。川の上流で城の材料となる木材を切り出し、筏にして夜中に川を下る藤吉郎。筏の先頭に仁王立ちになり、激流を下ってゆく嵐寛寿郎の姿を、本当に撮影している映像はすごい迫力。こんな撮影、今じゃとてもできないんじゃないでしょうか。

 軍功が認められ、墨俣城の主となった藤吉郎は、夫婦祝言を済ませたまま別居していた妻と、田舎で暮らす母や兄弟たちを呼び寄せる。これから親孝行するのだと宣言し、老いた母を抱きしめる藤吉郎の姿にはホロリとくること請け合い。親孝行という行為に何のてらいもためらいもなく、それが素直に最高の徳目だと信じられていた時代の映画だなぁ。この前の方に登場する、なぜ妻と別居せねばならないのかを信長に説明するくだりも、台詞は多いんだけど感動させられちゃうんだよね。

 君には忠、親には孝、兄弟には悌、夫婦相和し、という道徳教育の手本みたいな映画。今じゃとても作れまい。


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