死の愛撫

1996/11/03 銀座シネパトス1
へんてこな邦題や宣伝文句に反して新鮮な感動を与えてくれる佳作。
貧しい炭坑町を舞台にした壮絶なホームドラマ。by K. Hattori



 宣伝コピーに異議ありだ! 「愛する夫の男根を切断した女−」とはこれ如何に。あたしゃすっかり、ヘレナ・ボナム・カーターがアベサダする、新手の猟奇犯罪映画かと思ってしまいました。あるいは、アメリカで妻が夫の暴力に抗議してペニスを切ってしまった事件などを連想させるコピーですよね。こういうセンセーショナルな扱い以外にもっと上手い宣伝方法はなかったんでしょうか。宣伝だけだと、なにやらおどろおどろしく血なまぐさい猟奇的匂いがするんですが、実際の映画はもっと透明で澄んだ印象の残る、男と女のラブストーリー。そもそもこの映画には「夫の男根を切断した女」なんて登場しないんだから、このコピーは事実に反します。

 劇場にパンフレットがなかったのでIMDbで少し調べたんですが、この映画はIMDbの利用者投票で、じつに10点満点中9.4点をたたき出しているんですね。僕自身、ピーター・ジャクソンの『乙女の祈り』を観た時にも似た、新鮮な感動を味わうことができました。どちらも時代背景や、非ハリウッド映画だってところが似ているんでしょうね。ヒロインたちが持っているひたむきな気持ちと、真っ直ぐな行動力も共通項かもしれません。炭坑町が舞台ってことでケン・ローチの『ケス』なども思い出しました。貧しい生活の中の小さなエピソードを描写してゆく様子が似ています。

 映画の原題は「MARGARET'S MUSEUM」。海の見える丘の上に立てられた主人公マーガレットの小さな私設博物館に、観光客の自動車が到着するところからはじまります。車から降りた中年夫人は、博物館の中に一歩足を踏み入れると、突然悲鳴を上げて飛び出してきてしまう。そんな様子を、マーガレットは冷ややかな目で見つめている。映画の最後になるとわかることですが、この小さな「炭坑博物館」に展示されているのは、炭坑事故で死んだマーガレット一家の記録なのです。

 長年炭鉱で働いた結果、塵肺を患って死んだ祖父の肺。家族により豊かな生活をさせようと坑夫の生活に戻り、事故で死んだ夫の指と舌と肺。早く一人前の男になりたいと願い、炭坑で働き出した矢先に事故に会った弟のペニス。そうした記念品は他人にとってグロテスクな展示物でしかありませんが、マーガレットにとって自分の生きてきた人生の証です。丘から見下ろす海の下には、自分の父、兄、夫、弟、祖父の命を飲み込んだ炭坑の坑道が、網の目のように広がっています。彼女はささやかな家族の記念品に囲まれながら、その海をながめて余生を送るのでしょう。

 炭坑の非常サイレンの音に飛び出したマーガレットは、坑道の入り口で夫と弟の遺体を確認。遺体を病院に運ぶか否かでマーガレットと押し問答をする坑夫が、ススだらけの顔を一面涙でぬらしている。「私の家族をこんな姿では病院に運ばせない」と、歯を食いしばって宣言するマーガレットの強さ。トラックの荷台にゆられながら、二人の遺体を見守るマーガレットの姿は哀れだった。

ホームページ
ホームページへ