THE TRAP

1996/06/21 シネスイッチ銀座
雰囲気は悪くないんだけど、演出側がその雰囲気に酔っているから詰めが甘くなる。
このシナリオなら5倍は恐く作れるはずなのに。by K. Hattori


 『我が人生最悪の時』『遥かな時代の階段を』に続く、林海象監督、永瀬正敏主演の「私立探偵・濱マイクシリーズ」完結編。本編のタッチは相変わらずだが、今回の映画は何と「一般映画制限付(R)」での上映だ。新聞によれば注射器で薬物を注入する場面が映倫の審査に引っ掛かったそうだけど、銃をバンバンぶっぱなすのはよくて、注射がいけないという基準がよくわからん。

 映画の内容は今流行のサイコスリラーなんだけど、話の底がいきなり割れてしまうのはいただけない。犯人が誰かってことは途中で察しがつくから、犯人がマスクをはずして正体をあらわにしても何の衝撃もない。話の展開がいい加減なのはこのシリーズ全ての作品に言えることだから今更なんだけど、話の底が割れたなら、せめて雰囲気だけでもスリルとサスペンスを出してほしかった。残念ながら、僕はこの映画がぜんぜん恐くなかったのだよ。

 僕は主人公・濱マイクをもっとギリギリまで追い詰めてほしかったし、犯人の神出鬼没ぶりにあっと驚くようなトリックがほしかった。犯人像にも、もう少し工夫の余地があったと思うんだよね。ただ言葉で説明されるだけで、犯人のサイコぶりが画面の中に現れていなかったのは致命的。この辺は、ディテールの問題なんです。細部の描写をもっと積み上げれば、この映画は同じ話の流れの中で3倍は恐くすることができる。

 永瀬正敏が犯人のひとりミッキーとの一人二役に挑んでいて意欲的なんですが、そもそもこの一人二役にどれほどの意味があるのか。母親に捨てられた子供という共通項が、マイクとミッキーにはあるわけだけど、そのあたりの落とし込みが不十分で、主旨が明確に伝わってこないよね。単なる役者と監督のお遊びみたいに見えてしまう。地下道でマイクとミッキーが格闘する場面はなかなか迫力があったけど、組み伏せられたミッキーの顔と水面に映るマイクの顔がオーバーラップする絵なんぞは、そのまま黒澤の『天国と地獄』でしょ。絵だけまねたって、中身が貧困だからメッセージが伝わってこないんだよね。ここで二人を対決させることに、どんな意味があるんでしょう。

 この映画はいろいろなテクニックを使って「雰囲気を出そう」と努力しているようだが、残念ながら「雰囲気が出ていない」のが現実。横浜黄金町というロケーションも、今回はあまり生かされていなかった。シリーズ開始当初に比べると、永瀬正敏は役者としてふた回りぐらい大きく成長して、宍戸錠と並んでも貫禄負けしなくなったのは見事。でも、この映画を役者の魅力だけで最後まで引っ張るのは少し苦しい。一人二役だから牽引力が二倍になるものでもあるまい。


ホームページ
ホームページへ