三十九夜

1996/05/22 銀座文化劇場
イギリス時代のヒッチコックが撮ったまき込まれ型スリラー映画。
記憶屋のエピソードは『JM』のもとネタじゃないのかな。by K. Hattori


 正直言ってあまりのれない映画だった。主人公の行動の動機づけが納得できなかったり、話の展開にめりはりがないように感じます。そもそも僕は主人公に感情移入できない。かなり深刻な窮地に追い込まれているにも関わらず、ずいぶんと涼しい顔してますよね。まぁあれを深刻な顔で熱演されると、この映画はぜんぜん別の作品になってしまいますから、これは当然演出意図なんでしょうけど。

 オープニングとエンディングの舞台がミュージックホールになっていましたが、僕は映画そのものよりこうした細部が面白かった。ミュージックホールは日本で言えば寄席にあたる小さな小屋で、こうした舞台から多くの芸人が育っていったんですね。チャップリンもアステア姉弟も、ミュージックホール出身のタレントです。ミュージックホールが登場する映画はたくさんあるけど、僕が知っている範囲だとアステア&ロジャースの『カッスル夫妻』、お馴染みジーン・ケリーの『雨に唄えば』、芸人伝記映画『ジョルスン物語』なんかが印象に残っています。

 この映画には「記憶屋」という芸人が登場しますが、実際こういう訳の分からない芸がミュージックホールにはたくさん存在したんでしょうね。雰囲気としては催眠術や読心術、千里眼なんかに近い芸じゃないかな。記憶屋というアイディアはキアヌ・リーブス主演の映画『JM』(原作はウィリアム・ギブスンの「記憶屋ジョニー」)にも登場していて、いかにもサイバーパンク風のアイディアだと思っていたんですが、何のことはない、これって『三十九夜』からアイディアを拝借したものなんですね。

 主人公の男がミュージックホールからの帰り道、女に「あなたのところに泊まってもいいかしら」と声をかけられたのが事件の発端。最初は「こんなところでいきなり声をかけられて、そもそも怪しいと思わないのかなぁ」と思ったけど、結局のところこの男はもてるんですね。その証拠に主人公をこの後助けるのは全員女。農家の若い女房、宿屋の女房、旅行中の若い女。主人公のまわりの男は全員彼の敵だから、これは対照的ですね。この男の顔や風体は、女には無条件にもてて、男には嫌われるタイプなのかもしれない。もしかすると、僕も男だからこの主人公に感情移入できなかったのかな。

 この映画の最大の疑問は、暗殺者が女スパイを殺すときになぜ主人公も殺してしまわなかったか。まぁそれを言い出すと話が成立しなくなってしまうんだけど、のこのこ2階の窓から侵入して来たわりには、仕事に対して淡泊な暗し屋ですね。僕はこの時点で引っかかりを感じてしまい、その後には進んで行けなかった。残念なことです。

 ところで、主人公が女に魚を料理して食べさせる場面がありましたが、あの魚は美味しそうでした。


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