白い嵐

1996/05/10 虎ノ門ホール(試写会)
中盤までのゆったりとした青春ドラマが白い嵐の出現で破局を迎える。
暴風雨の場面は大画面で見てこその迫力だ。by K. Hattori


 宣伝コピーは「本当の勇気、それを教えてくれたのは、あなたです。/大人の階段を上る12人の少年たちを襲った白い嵐。胸打つ感動のトゥルー・ストーリー。」となっていて、チラシの裏には「強烈なスペクタクルで見せる海の大パニック!映画史上に残る嵐の映像。圧倒的なスケールと力強い人間描写で描く感動巨編、遂に公開!」なんて書いてある。びっくりするのはリドリー・スコットが『ブラック・レイン』と『1492コロンブス』の監督として紹介されていることで、彼の代表作である『エイリアン』や『ブレードランナー』は宣伝文句に使っていないんですね。

 この映画は18日からの公開ともう間がないのにも関わらず、ほとんど巷では話題にもなっていない。新聞や雑誌の広告やパブリシティもあまり効果的に打たれていないようだ。宣伝文句を見ても、この映画をどう売ったらいいのかわからないという宣伝関係者の戸惑いが伝わってくる。今回公開直前に試写会でこの映画を観たが、確かにこれは宣伝が難しい。

 訓練用の帆船を舞台にした青春ドラマなんだけど、少年たちの集団劇としては個々のキャラクターのエピソードが不足しているように思えるし、なにより船長であるジェフ・ブリッジスの存在が大きすぎる。かといって船長と少年たちの絆や確執を描いた映画としても中途半端だし、少年たちの成長物語としては時間経過の描写がおろそかになっていて、同じように少年たちの成長を描いた映画『メンフィス・ベル』などに比べると煮えきらない印象。最後の裁判シーンは取って付けたような感じだし、傍聴していた少年が鐘を鳴らすクライマックスは、クライマックスとして機能していない。

 この映画を紹介する難しさは、この映画最大の見せ場が言葉を絶する大スペクタクルだからだ。帆船が突然の「白い嵐」に襲われほとんど瞬時に海面下に没して行く様子が、ほぼリアルタイムに映像化されている。これは登場人物たちと同時に映画の観客が「体験」する事柄であって、この筆舌し難い惨事の様子はとても短い言葉で形容することなどできない。嵐にのまれた登場人物たちが訳も分からず海に投げ出されたように、観客であるこちらも圧倒的な自然の持つ破壊力の前に呆然と言葉を失う。

 やや散漫としていたドラマはこの一瞬に沸騰し、この場面を描くためにそれまでの映画があったのだということが瞬時に理解できるはず。主人公(語り手)である少年が仲間を救えないまま船を後にする場面や、船長が船室に残された妻を見送るシーンの息詰まる迫力。船長が死を覚悟した妻と視線を交わしながら、やがて息が続かず自分一人がゆっくりと水面に浮かび上がって行くシーンの切なさと辛さ。ジェフ・ブリッジス一世一代の名演技だ。


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