汚名

1996/03/28 銀座文化劇場
どんな汚辱の中でも決して気高さを失わないバーグマンの美しさ。
大人の男と女が命をかけた意地の張り合い。by K. Hattori


 この映画は中学生ぐらいの時にも一度観ているはずなんだけど、あまり印象には残っていない。今回改めて映画を観て、これでは中学生の頭に残らないはずだと合点がいった。要するにこれは大人の恋愛映画なのだ。反米活動で刑務所に入った男の娘が、FBIに協力して南米のナチス残党をスパイするというサスペンスが半分で、残る半分は命をかけた大人の男と女の意地の張り合いと駆け引きを描いている。どんなにませた子供でも、男と女のことはある程度の年齢にならなければわからない。婉曲な台詞回しと場面構成で、主人公アリシアが「身体張ってる」ことを露骨に描いているのだが、中学生の僕にはこれがとんとわからなかった。

 男と女が互いに好意を持ちながらもそれぞれ相手の真意を測りかねてすれ違いを続けるというのは、恋愛映画としてはよくあるパターンでしょう。真意を測りかねる理由をどう設定するかが、作家の腕の見せ所。この映画では、男をナチス残党を追う捜査官、女をナチス大物スパイの娘に設定。これだけなら「刑事とギャングの情婦」などと大してかわりばえしない。そこでこの映画ではもうひとひねり。男は女を半ば脅迫して、南米に潜伏している彼女の父親の友人達を探るように命ずるのです。

 原題の「NOTORIOUS」を『汚名』と訳したのはいいセンスだけど、これはほとんど直訳に近い。名誉は挽回するもので、汚名は返上したりそそいだりするものと昔から相場が決まっています。主人公アリシアの汚名は、彼女の父親がアメリカに反逆を企てたナチスのスパイだったということであり、(父親に対する反抗からか)彼女がかなり乱れた生活を送っていたということに原因があります。

 父親が獄中で自殺し、天涯孤独の身となってしまったアリシア。彼女は基本的に他人に依存して生きている女なんでしょう。荒れた生活も、彼女の父親に対する甘えの裏返しのように思えます。彼女は身近にいるデブリンにわがままを言ったり甘えたりしますが、それは寂しさを紛らわせるためのお芝居です。そんな彼女の気持ちを、アリシア自身が一番よく知っているし、大人の男であるデブリンもよくわかっている。有名な長いキスシーンも、無理してはしゃいでみせるアリシアに、デブリンがつきあってやっている感じがよく出ていますよね。

 互いに納得づくの上で、お芝居として始まってしまった恋だから、この後さんざんもつれて行くのです。お芝居をしていたはずのアリシアも、それにつき合っていたつもりのデブリンも、だんだん自分たちの気持ちが本物になっていることに気がつきはじめる。でも、その時にはもう後戻りできないところまで事態は進行している。酒蔵の前でのお芝居は、そんな二人の本心が思わず出てしまう名場面です。


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