渚のシンドバッド

1996/01/24 シャンテ・シネ1
微細なディテールを積み上げることで五感に訴える絵作りを成功させている。
相原役の浜崎あゆみと友人役の山口耕史が素晴らしい。by K. Hattori


 導入部がちょっとモタモタする気がする。何より俳優たちの顔がみんな同じに見えて話の流れがつかみづらいし、描写もベタベタしていていちいち気に障る。体育倉庫でローラーに石灰を入れながら、吉田の汗を伊藤がウットリながめる場面なんぞはげんなり。彼はこの後校庭で卒倒して保健室に運ばれるのだが、ここから登場する相原の瞳がじつに魅力的で、彼女の登場以降この映画は俄然よくなってくる。吉田を慕う伊藤の報われない気持ちや煮詰まったふたりの関係に、相原が別の風を入れるのだ。

 この映画はゲイムービーとして語られることが多いのだろうが、僕はそんなことよりまず映画としてこの作品を楽しむことができた。繊細なディテールを積み上げながら描かれる高校生活の描写がまず素晴らしく、少年や少女たちの体臭が感じられるほどだった。例えばオープニングで体育教師が脚にソックタッチを塗る場面なんぞは、この教師の性格から何からがわずか数分で理解できるような気がするじゃないか。こうした細部の演出は、橋口亮輔という映画監督が身につけているテクニックのほんの一部分だ。規模の小さい映画ながら、この映画の中には数限りない技巧がちりばめられている。その手並みのずば抜けた巧妙さに、僕はまず驚いたのだ。

 登場する役者たちがまた素晴らしい。僕は相原果沙音役の浜崎あゆみに惚れた。彼女が伊藤相手に「なんか身体がさホクホクホクってなって……」と嬉しそうに話す場面は最高だ。この場面を見て彼女に惚れないのは男じゃないよ。彼女は『すももももも』にも出演していたそうだが、その時はぜんぜん印象に残っていない。『渚のシンドバッド』は浜崎にとって出世作になること請け合いだ。

 もうひとり印象に残ったのは、伊藤や吉田の友人奸原とおるを演じた山口耕史。ひょうきんで悪ぶっているくせに、じつは焼き餅焼きというこの役柄自体がとても印象的なのだが、それを自然に演じる山口のキャラクターが光っている。ラストシーンで彼が川に捨てた自転車を引き上げ、夜明けの街をゆっくりと遠ざかって行く場面は美しささえ感じる。彼の存在感に比べれば、伊藤を演じた岡田義徳や吉田浩之役の草野康太などは取るに足らない。

 美しいといえば、伊藤と吉田が相原に会うために訪れる海辺の街の風景は特筆もの。駅にふたりが降り立つ場面には息をのみ、吉田が相原を見つける場面には感動さえした。言っておくが、これはお話に感動しているのではない。そこに忽然と現れた映像空間に感動しているのだ。焼けるような日差しに照りつけられたコンクリートと雑草の匂い、海辺の夏ミカン畑と潮の香り、アスファルトに照り返す夕日と乾いたグラウンドの土煙、食べさしのアイスクリーム。五感に訴える映像を久しぶりに観た。


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