緊急呼出し
エマージェンシー・コール

1995/11/30 シネスイッチ銀座
アメリカ映画にはよくあるタイプの映画なんだけどこなれていない。
話の盛り上げ方に演出側の照れがある。by K. Hattori



 この映画は同じ脚本をローランド・ジョフィに監督させれば感動的な傑作になっただろう。内容はジョフィの『シティ・オブ・ジョイ』と同じだもんね。インドのスラムで働くアメリカ人の医者の話が、フィリピンのスラムで働く日本人医師の話になっただけ。新しさはほとんどないが、お話自体はよくできている。演出が遠慮がちで、ドラマの起伏がうまく表現できていないのが物語の面白さを殺している。

 映画の導入部は悪くない。タイトルが病院の扉の文字にオーバーラップして物語を始めるあたりはしゃれている。夜中の緊急病院に急患が運び込まれる様子や、死んだ家族をかついで運び出す男のエピソードで、舞台になる病院がどういった場所なのかを手短に説明しているのも上手いと思う。でも、この映画を見ていてドキドキさせられたのは、このオープニングだけなんだ。これ以降は、どのエピソードもちぐはぐで、物語の中で互いにかみ合って行かない。ヒューマンなエピソードも、ちょっとしたユーモアの香りも、全てが浮ついた調子でしっくりとあるべきところに落ちついていない。

 例えば、自分の子供の耳を食いちぎってしまった母親の話が登場しますけど、必要とされるであろうショッキングさも猟奇性もこのエピソードからは感じられないんだよね。その後主人公たちが上司から厳重注意されたとき、上司のネクタイの柄をからかったりしますが、これもあまり笑えない。全てがこの調子で、空回りを続けるのです。

 大森一樹監督は、脚本を書いた時点でドラマ演出するエネルギーを使い果たしてしまったのでしょうか。エピソードの組立は悪くないのに、全体に元気がない感じなのです。あるいは、自分で書いた脚本を演出することに照れがあるのかもしれません。役者の動かし方が遠慮がちで、素人っぽく感じます。

 全編ほとんど英語の芝居なのですが、状況説明をする主人公の日本語によるモノローグが逆にうっとうしく感じられました。ここは全て会話で通して欲しかった。状況説明を会話で行う方法なんていくらでもあるはずです。わざわざ日本から大江千里演ずる大病院の御曹司を連れてきておきながら、ただ旧交を温めているだけではもったいなさ過ぎる。常套手段だけど、主人公が日本から来た友人にフィリピンの医療体制の中身を説明させ、それを通して主人公のフィリピンに対する帰属意識を確認させるなど、ほんと、方法はいくらだってあるんですよ。

 真田広之の医者姿は『病は気から/病院へ行こう2』でも観たことがあるけど、映画としてはあちらの方が断然面白かった。彼はは上手い役者だけど、ヘタクソな俳優に見える映画もいくつかある。この『緊急呼出し/エマージェンシー・コール』も、真田にとっては不名誉な映画になったことでしょう。


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