恋人たちの食卓

1995/07/23 シネスイッチ銀座
庶民の生活の中にある喜びや悲しみを上品に描く極上のホームドラマ。
娘3人を男手ひとつで育て上げた父親の物語。by K. Hattori



 これはなかなか良くできたホームドラマだ。最近日本映画にはちゃんとしたホームドラマがまったく見あたらなくなりましたが、同じアジアでも作っているところではきちんと正統派のホームドラマを作っているのですね。劇場はけっこう混んでいたし、観客は(僕も含めて)この映画を大いに楽しんでいた模様。同じような映画が日本で作れないはずはないと思うんだけど、なかなか難しいんでしょうかねぇ。ぴりりとスパイスの利いた、向田邦子のドラマを見ているような気分になる映画でした。

 一流の料理人である父親が家族のために無数の料理を作るオープニングは、空腹の時に観ると身体に毒ですね。テーブルの上に次々運ばれてくる豪華な料理の数々。でも、彼の3人の娘たちにとって、家族そろって毎週一度の晩餐を囲むという行事が、いささかわずらわしいものになってきている。映画の観客にとってよだれタラタラの豪華な中華料理も、登場人物たちにとっては日常の雑事のひとつでしかない。箸をつけないまま、次々とタッパーの中に放り込まれる料理たち。父親が家族の絆を確認するかのように作る料理だが、家族の評判は徐々に悪くなるばかり。父親自身、最近は料理の味をみる自分の舌が衰えていることを感じている。漠然とした不安。

 家族の食卓で始まった映画は、数々のエピソードを経て、最後にまた食卓の風景で終わる。家族はこうした映画の常として、途中でバラバラになって行くのだけれど、それぞれのエピソードが清涼感を漂わせ、ユーモアもあり、観ていてじつに楽しいのですね。3人の娘たちが三者三様の生き方をしているのも、物語に厚みと広がりを与えている。周辺の人物まできちんと造形されている脚本は見事。どれもが愛すべき人物に仕上がっているのです。(唯一気になったのは、航空会社に勤めている次女のボーイフレンドである画家のキャラクターですね。これは演出の問題かもしれないけれど、最後の最後に見せる彼のずるさやデリカシーのなさみたいな部分が、ややステレオタイプな描写だったこと。役者がヘボなのかなぁ。ま、些細なことですけどね。)

 それにしても、家を出て行く娘たちの速攻ぶりには感心しますね。夕食の席で「じつはみんなに話があるの。私、結婚します。本当のこと言うと、もう彼が外で待っているんです」。ここから家を飛び出すまで2分ぐらいだもんなぁ。あっさりしてます。

 結局、最初からずっと家を出たいと望んでいた次女が父親と共に家に残る、定石通りの展開かと思わせておいて、実は最後に大どんでん返しが待ちかまえているというサービス満点の物語。家族解体の物語だけれど、同時に家族が巣立って行く物語でもある。ほとんど小津安二郎の世界ですので、小津映画が好きな人にはオススメです。


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