生きるべきか死ぬべきか

1995/05/07 早稲田松竹
1942年の作品。ルビッチがナチスやヒトラーを茶化しまくる。
チャップリンの『独裁者』より絶対に面白い傑作。by K. Hattori



 ナチス侵攻前のワルシャワに、突然ヒトラーが姿を現し、住人たちを震撼させるという幕開き。シェイクスピア劇を上演する役者たちとナチスとのドタバタ喜劇かと思いきや、なかなか本格的なスパイ・アクション映画ではないか。僕はフリッツ・ラングの『死刑執行人もまた死す』を思い出しました。ま、あちらはゴリゴリと正面から押し切る本格サスペンスですが、こちらは半ばナチスを茶化しながらの喜劇です。タイトルではありませんが、生か死かという危機一髪の場面が何カ所もあり、観客ははらはらどきどきすること請け合い。大人から子どもまで楽しめる、正攻法の娯楽作です。

 本屋の暗号や劇場をゲシュタポ事務所に見せかけるトリックなどは、スパイ映画そのもの。裏切りと謀略が渦巻く諜報戦に、気のいい役者たちがにわか仕立てのスパイとして参加する、手に汗握るドラマです。劇場事務所でのスパイとの駆け引き。扉のかげには銃を構えたレジスタンスたちが待機するなか、まんまと敵のスパイを騙し通せるか否か。このあたりは、舞台劇の雰囲気です。ところが、つまらぬ失敗からスパイは逃走。真っ暗な劇場の中に逃げ込んだスパイを追跡するあたりから、まるっきり映画のダイナミズムが生まれるのですね。サーチライトの中に浮かび上がるスパイのシルエット。指さし叫ぶ男たち。そして、一発の銃声で全てが終わる。

 ここでライトに照らされながら、ゆっくりと幕が上がるあたりは、すごい演出です。並みの人が撮れば出来過ぎで白々しい展開ですが、要所要所がきちんと決まっているから最後まで浮つかない。短いシークエンスですが、大したものだと思います。

 ワルシャワ脱出までのつなぎで多少もたつく部分がありますが、劇団総出の救出劇から劇場廊下での大芝居、飛行機での脱出まではじつに流暢に物語が流れて行きます。途中アパートのシーンで、映画中最大のギャグをかますなど、最後の最後までサービス満点。飛行機乗っ取りのナンセンスさに、再度爆笑。戦争中に作られた映画ですが、向こうの映画ってのは相手を徹底的におちょくるんですね。

 劇団員のひとりが廃墟となったワルシャワの街で「ベニスの商人」の台詞をしゃべります。彼はユダヤ系ポーランド人だという意味でしょうが、この映画が作られたときには、まだホロコーストの事実が世界には知られていませんでした。本来なら、彼は真っ先に逮捕され、ゲットーか収容所に送られてしまう人なんですが……。

 戦争初期に作られた、いかにものどかな雰囲気の映画です。ホロコーストの実態が知られた戦後になると、もっと冷酷薄情冷淡な軍人像が、ナチスのステレオタイプとして完成してしまうんです。無理もないことだと思います。



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