マークスの山

1995/04/25 丸の内松竹
名取裕子と萩原聖人のラブシーンが切なくて泣ける。
崔洋一の傑作ハードボイルド。by K. Hattori



 原作は未読。確かに細かい場面はわかりづらいところもなくはない。だが、そんな欠点をはるかに凌駕するパワフルな演出に、最初から最後までしびれっぱなしでした。脚本がタイトで無駄がなく、むしろ書き足りないぐらいに思えますが、その行間を役者の芝居が埋めて、ドラマに命を与えています。

 主演の中井貴一は、『四十七人の刺客』の時の目玉をひん向いた大げさな芝居から、今回はぐっと渋いリアルな役作り。この人は、ここ数年で驚くほど上手くなったなぁ。大河ドラマに出ていた頃が、嘘のようですね。中堅の役者として、安心してみられるようになった。しかも、この人には映画俳優としての華がある。役柄にすっぽりとはまると、すごい役者になると思います。

 この映画は、とにかく出演している役者が豪華ですね。豪華と言っても、例えば『四十七人の刺客』のようなお飾りの豪華さではなく、実体のともなわれた豪華さに唸ります。中でも、小林稔侍と名取裕子は素晴らしかった。彼らが中井とサシで芝居をするふたつのシーンは、それぞれこの映画の中の最も優れた場面として記憶されるはずでしょう。

 特に名取裕子については、彼女の素晴らしさを強調しておきたい。『異人たちとの夏』でもそうだったけど、この人はさびしい女、小さくはかない幸福にすがって生きる女を演じるとはまるなぁ。寿司屋から萩原聖人におぶわれて帰るシーンや、病院の屋上廊下で抱かれるシーンは切ない味わいが出ていて、本当に良かった。(これは音楽の効果もあるね。)病室で中井貴一に写真を見せられた後、言葉に詰まる場面。ここは泣ける。

 捜査本部の描写は、黒澤の『天国と地獄』を思い出しました。あの映画は、会議の場で正面にふんぞり返ったまま、一言も口を開かない藤田進が印象に残る映画でした。あれもやたらリアルに感じたものですが、この『マークスの山』で描かれる警察内部の描写はもっと克明です。刑事たちの丁々発止のやりとりが、じつに生き生きと描かれていて、観客に「警察の中って、こんなもんなのかなぁ」と思わせるだけのパワーがある。観客を引き込んで行くのです。この映画の警察描写を見てしまうと、『眠らない街/新宿鮫』なんて、まるでおとぎ話だなぁ。

 監督の崔洋一は『月はどっちに出ている』『東京デラックス』と観てきたけど、前2作のコメディタッチとは打って変わったシリアスでハードな映画です。作品のスケールも比較にならないぐらい大きい。崔監督はどちらかというと小規模な予算で映画を撮っていた人なので、この大きな映画を少し持て余すのではないかと心配しましたが、それは杞憂でした。

 山頂で合田刑事が水沢を発見するラストでは、やはり涙。最後の最後にこの甘さも、また良しです。


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