ふたりのロッテ

1995/03/28 東劇
両親の離婚で離れ離れになった双子の姉妹が林間学校で再会。
ケストナーの原作を現代風にアレンジ。by K. Hattori


 ケストナーの本なら、「エミールと探偵たち」や「点子ちゃんとアントン」よりも、僕は「ふたりのロッテ」が好き。めったに同じ本を読み返さない僕をして、2度も3度も読み返させる面白さ。その原作が、ケストナーの祖国ドイツで映画化されたとあっては、観ないわけにはいきません。

 ちなみにこの原作、何年か前にNHKで連続ドラマ化されてましたが、これも面白かった。ケストナー原作とはうたっていなかったけれど、両親の離婚で離ればなれになった双子の姉妹が出会ういきさつや、主人公たちのキャラクターは、明らかにケストナーを下敷きにしていました。NHKドラマとケストナーの原作との明らかな相違は、そのラストシーン。別れた両親はよりを戻さなかったと記憶する。結局、それが現代人のリアリティーなんだね。

 今回の映画では、ケストナー原作と銘打っているだけに、原作で描かれている結末は動かせない。しかしながら、この映画の脚本家もまた、NHKのスタッフと同じジレンマに陥ってしまう。現代人のリアリティーに対して、無理のない理由づけをしない限り、原作のラストはあまりにも安直すぎる。小説では許されることも、映画では許されないのだ。今回この映画は、いささか強引な幕引きの芝居を用意しているんだけれど、これには賛否両論ありそうですね。僕なんか原作の比較的熱心な読者だったから、「大人には大人の世界があるのですよ」みたいな小説版の幕切れ通りでも良かったと思うけど、ま、映画ではこんなものでしょうね。

 映画はサマーキャンプの描写がいかにもおざなりで、観ていても退屈だった。このあたりは、原作の持っているワクワクドキドキする面白さには到底およばない。しかし、シャルロッテとルイーズが入れ替わり、互いに生き別れになっていた父母に会いに行くあたりから、がぜん面白さが増してくる。現代の読者から見るといささか牧歌的でのどかすぎる原作を、よくぞここまでアレンジしたものだ。原作の枠組みをこわさずに、よくこなれた現代劇に作り替えている。前半の退屈さが嘘のような出来映えだ。

 僕は原作を何度読んでも泣いてしまうシーンがあって、それは母親が自分の娘が入れ違いになっていることに気がつき、涙ながらに抱き合うシーン。僕はこのシーンが大好きなので、この部分がうまく映画化されていなければこんな映画を認めないぞ、となかば身構えていた。でも、そんな心配は杞憂でした。この映画の製作者達も、きっとあのシーンが好きなんでしょう。きちんと原作どおり(本当はちょっとアレンジしてある)の再会シーンに、涙がポロリ。そのあとのお父さんのあわてぶりも、しっかり原作のまま。うれしい映画じゃないですか。結末はお約束っぽくてちょっとダレるけど、それは許す!


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