しとやかな獣

1993/05/24 並木座
川島雄三の最高傑作。若尾文子以下登場人物が全員悪党。
団地の一室に互いの欲望が沸騰して行く。by K. Hattori



 「なんか、この映画って物足りないのよね〜」
 「どうして?」
 「でてくる人達がみんなイイ人ばっかりで、悪人がいないじゃない」
 こんな会話に出くわしたことがある人に、ぜひ一度観てほしい映画です。

 なにしろ登場人物が残さず腹黒で、小狡く、スネに傷を持つ、叩けばホコリの出る、利己的で、自分の利益しか考えず、愚かで、我がままで、ケチで、好色で、抜け目がなくて、浅ましくて、陰険で、狡猾で、悪賢く、えげつなく、人擦れのした、いけ図々しく、厚かましく、紅顔無恥で、恥知らずで、あくどく、性悪で、破廉恥で、しみったれで、計算高く、さもしく、浅ましく、強欲な人達ばかり。これがアパートの一室で虚々実々の駆け引きを演ずるのだからミモノです。

 監督の川島雄三は、台詞の多い舞台劇のような脚本を実にうまく映画にまとめています。しかもシネスコのワイドスクリーン。せまい団地の一室で、縦横無尽に位置を変えるカメラは、あるときは時間の経過を表し、あるときは登場人物の心理を代弁し、あるときは観客の覗き見趣味を満足させながら一定のテンションで芝居を進行させて行きます。カメラが真上や真下から人物をとらえる極端なカットは鮮烈です。

 川島雄三は『幕末太陽傳』が有名ですが、僕はこの『しとやかな獣』の方が好きなんですよね。セリフのテンポが早くて、舞台劇のような雰囲気がある。それに若尾文子のふてぶしさ、伊藤雄之助の図々しさ、山岡久乃の抜け目なさが印象的です。昭和30年代の団地住まいの様子がわかるのも貴重でしょう。川島作品のセットはどれを見ても精密で、一見の価値はあります。

 脚本は新藤兼人。昭和38年度キネマ旬報ベスト・テン6位。同年のキネマ旬報脚本賞も受賞しています。これをそのまま舞台で上演した劇団もあるんじゃないかなぁ。



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